創立時から一切変わることなく〈静寂の次に美しい音〉を作り続けるレーベルの21世紀の注目作品全20作品を初SHM-CD化!
1969年の創設以来、現在に至るまでのECMの膨大なディスコグラフィーの中から、〈21世紀のECM〉と題し、全20タイトルが高音質SHM-CDでリリースされた(内13タイトルが初国内盤化)。監修者の一人として選盤に関わったが、気鋭の若手やキャリアを築いてきた中堅のアーティストたちが、確固たる美学とサウンド・デザインを持つECMとの出会いで残した作品は、いずれもが聴き応えのあるものばかりだ。
今回のタイトルの中でも最も若いアーティストは、ノルウェーのサックス奏者メット・アンリエットである。二十代で録音されたデビュー作『メット・アンリエット』は、ピアノ、チェロとのトリオと、ストリングスやバンドネオンも加えたアンサンブルの演奏の2枚組だ。即興演奏と作曲の両方で唯一無二の世界を確立している。イギリスのピアニスト、キット・ダウンズもECMが期待を寄せる逸材だ。『ドリームライフ・オブ・デブリ』はドラマーのセバスチャン・ロックフォードらUKジャズのキー・プレイヤーも交えてクラシカルでアンビエントな趣もある世界を作っている。
若くしてアメリカのジャズ・シーンで注目されたピアニストのティグラン・ハマシアンは、ECMではルーツのアルメニアを掘り下げる。エレバン国立室内合唱団との『ルイス・イ・ルソ』に続いて、ノルウェーのアルヴェ・ヘンリクセンらとの即興演奏の『アトモスフィアズ』にもアルメニア音楽のメロディが持ち込まれた。キューバ出身のピアニスト、ダビ・ビレージェスも若くしてアメリカで活動を始めた。『グノーシス』は、キューバ音楽の様々なジャンル、領域を掘り下げ、従来のラテン・ジャズとは異なる新たな解釈による演奏を追求している。ジョシュア・レッドマンとのジェイムス・ファームの活動でも知られるアーロン・パークスも、若くしてECMで個性を発揮したピアニストだ。『アーボレセンス』は、ジャズ・シーンの喧騒から離れて一人で音楽に向き合うことで生まれた即興によるソロ・ピアノ作である。
ハマシアンのクインテットに参加した、アルメニアをルーツにもつカリフォルニア出身のシンガー/ピアニストのアレニ・アグバビアンの『ブルーム』は、パーカッションとのデュオで、アルメニア民謡や賛美歌を再解釈した即興性のあるヴォーカルが魅力だ。バルカン半島のアルバニア出身でスイスで活動するシンガーのエリーナ・ドゥニは自身のカルテットでECMからデビューし、『ロスト・シップス』ではイギリスのギタリストのロブ・ルフトとの新たなカルテットで臨んだ。ヴォーカルとギターのコンビネーションから多様な音楽性を生み出している。ドゥニとカルテットを組んでいたスイスのピアニスト、コリン・ヴァロンも自身のトリオでECMからリリースしてきた。『ダンス』では、ビート集のリリースでも注目されるスイスのドラマー、ジュリアン・サルトリウスの参加も光る。
イスラエル出身のトランペッター、アヴィシャイ・コーエンは、ニューヨークを離れてイスラエルに戻るとECMを拠点にリリースを続けている。ECMのデビュー作『イントゥ・ザ・サイレンス』は、即興に重きを置いた演奏をリセットして、作曲にフォーカスした。そのトランペットはこれまでになく融和的で、深く鳴り響く。同じくイスラエル出身のピアニストのシャイ・マエストロとサックス奏者のオデッド・ツールは、共にニューヨークでの活動を続けながらECMからデビューを果たした。マエストロの『ザ・ドリーム・シーフ』は間違いなく彼の代表作であり、ツールの『ヒア・ビー・ドラゴンズ』はインドのラーガの手法を本格的にジャズに転用した注目作だ。
ニューヨークのジャズ・シーンで活躍してきたオーストリアのウォルフガング・ムースピールと、ポップスやロックの様々な録音に参加してきたアルゼンチン出身でイギリスで育ったドミニク・ミラーは、対照的なキャリアを歩んできたギタリストだが、共にECMで自身にとって特別な作品を残したという点では共通する。デンマークのギタリスト、ヤコブ・ブロもニューヨークでの活動を経てデンマークに戻ると、ECMからデビューして音数の少ないプレイに磨きがかった。ジャガ・ジャジストで活躍してきたノルウェーのトランペッター、マティアス・アイクも、ECMでのリリースが以後のソロ活動を支えている。また、旧西ドイツ生まれでニューヨークで活動してきたシンガーのセオ・ブレックマンは、ジャズ・ヴォーカルからヴォイス・パフォーマンスまで多彩な表現をこなすが、『エレジー』ではジャズのインストゥルメンタルとヴォーカルとの新たな調和の可能性を示した。
ヴィジェイ・アイヤー・トリオの『ブレイク・スタッフ』、マーク・ターナー・カルテットの『レイズ・オブ・ヘヴン』、クリス・ポッター・アンダーグラウンド・オーケストラの『イマジナリー・シティーズ』は、2000年代以降のアメリカのジャズ・シーンに影響を与えた重要なプレイヤーたちの現在を捉えた作品だ。アイヤーとステファン・クランプ、マーカス・ギルモアとのトリオは、ビリー・ストレイホーンのスタンダードからロバート・フッドのデトロイト・テクノまでを一つの世界に落とし込む演奏が見事だ。90年代の華々しい活動の後、サイドマンに徹してきたターナーは、アヴィシャイ・コーエンらとのカルテットでECMに初のリーダー作を残した。レニー・トリスターノやウォーン・マーシュへのオマージュも感じられるクールでフラットな演奏は、アメリカのジャズの時流とは異なる姿勢を打ち出した。ポッターは、アンダーグラウンド・カルテットに弦楽四重奏を加えた編成でオーケストラの作曲に初めて挑んだ。都市の共生空間というテーマも興味深く、作曲家としてのポッターの才能を知らしめた。
〈21世紀のECM〉は、ECMがいまもアーティストにとって特別な表現を可能にする貴重な音楽的プラットフォームであることを明かしている。