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 YouTubeにアップした演奏動画で世界的に大ブレイクしたヴァレンティーナ・リシッツァ。その彼女が、これまで出版されたマイケル・ナイマンのピアノ譜をすべて録音した(CDに収録できなかったものはデジタル配信)。ウクライナ生まれのクラシック演奏家とナイマンとは、ちょっと意外な組み合わせだ。

VALENTINA LISITSA ピアノ・レッスン~ナイマン:ピアノ作品集 DECCA/ユニバーサル(2014)

 「もともとナイマンの音楽が好きで、2014年のナイマン生誕70年を記念するため、彼に内緒の“誕生日プレゼント”として録音しました。当初は完璧なピアノ全集を目指していたのですが、録音の完成から1ヶ月後、なんと彼が未出版譜を含むピアノ・アルバムを自分のレーベルでリリースしたんですよ。だから、厳密に言うと全集ではないんです」

 とは言え、リシッツァはナイマン本人すらCD録音していない『ピアノ・レッスン』の全曲を今回のアルバムで録音した。その資料的価値はきわめて大きい。

 「アメリカ移住後、母と一緒に『ピアノ・レッスン』をテレビで初めて見ました。ご存知のように、この作品は性的な要素が含まれているので、世代間のギャップというか、母と見ていると気まずくなりましたね(笑)。以前、ナイマンの興味深いインタヴューを読んだのですが、もともと彼は主演女優のホリー・ハンターが弾けるように難易度を下げて書いたのに、それが自分の代表作と呼ばれてしまうことに我慢がならないとか(爆笑)。ただし、それ以上に注目すべき点は、スコットランド移民というヒロインの設定を表現するため、ナイマンが民謡素材を多く引用しているという事実です。その手法たるや、本当に素晴らしいとしか言いようがありません」

 民謡の引用という点では、今回5曲を録音した『アンネの日記』の音楽も非常に興味深いという。

 「おそらくナイマンは、他のどの作曲家も試みたことがない方法でポーランド民謡、ロシア民謡、イディッシュ民謡の要素を映画音楽に採り入れたユニークな存在だと思います。例えば、『アンネの日記』に《教室》という曲があるのですが、私はウクライナ生まれですから、これがロシアの有名な民謡の引用だとすぐに気がつきました。民謡の原曲をナイマン本人が知っているかわかりませんが、これ、実はストラヴィンスキーが《ペトルーシュカ》の終楽章に引用した民謡なんです。原曲は遅いテンポで合唱が歌うのですが、ストラヴィンスキーは引用に際し、思い切ってテンポを速くしました。ですので、《教室》に関してもストラヴィンスキーのように速いテンポで弾いたほうが曲にふさわしいのではないかと判断し、サントラより速いテンポで弾いてみたんですよ」