日本人のDNAに刻み込まれている雅楽の調べと、笛の名手、芝祐靖の録音を復刻
日本に生まれ育った人の誰もが、どこかで一度は耳にしている曲は?と 考えたとき、一番の候補に挙がるのは雅楽の“越天楽”だろう。でも一方で、日本の音楽の中で詳しく知られていないジャンルを選んでいくと一番の候補に雅楽が挙がる。奈良・平安時代から受け継がれてきたこの音楽が、四季折々の神事や行事に因んでいることなどは、ほとんどの人が知らないだろう。例えば“越天楽”は結婚の儀式。端午の節句の“蘇芳菲”や桃の節句の“桃季花”。戦勝祈願の“散手”と戦勝祝いの“久米歌音取”といった戦にまつわるもの。虫送り(田畑につく害虫を払う儀式)のための“甘州”のように生活密着型の曲もあるし、新築祝いの“賀殿”とか酒宴の席での“酒胡子”などと大分カジュアル目的の曲もあるから面白い。催事の終わりに演奏される曲は〈千秋楽〉というそうだが、それがそのまま舞台や相撲の最終日を表す言葉になっているのも興味深い。
本作『雅楽への招待【実用編】』はそういった雅楽曲の数々を22曲収録したアルバムだが、全曲フルに収録されているわけではなく、それぞれが長い雅楽曲の一番わかり易い旋律を中心に抜き出し編集されているので、雅楽の知識が無くともそのエッセンスにドップリと浸かれる仕組だ。独特の揺らぎを感じさせる雅楽には心の鎮静作用や郷愁感を引き出す要素があるようで、普段使いのチル・アウト・ミュージックとして捉えるのも良いと思う。
同時に、古曲の復刻や現代曲への挑戦などで活躍された笛の名手であり、雅楽の更なる可能性を見いだして新作を送り出した、芝祐靖の作品集もリリースされる。こちらには石井眞木、一柳慧による現代雅楽や、フィギュアスケートの羽生結弦が演技で使った曲の原曲となる龍笛独奏曲“一行の賦”を収録。雅楽で使われる龍笛や神楽笛の真髄が詰まった一枚と言っても良いだろう。
雅楽の響きや龍笛の音をうっすら流しながら楽しむ秋の夜。それもまた素敵なひとときじゃないか。