インタビュー

「モーツァルトはドラマティスト」 古楽研究家、演奏家ロバート・レヴィン(Robert Levin)が語る新解釈の『ピアノ・ソナタ全集』

ロバート・レヴィン『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』

©Laura Pleifer / ECM Records

「モーツァルトはドラマティスト。ピアノ・ソナタもキャラクターが立って生き生きしているのです」

 古楽の分野では研究と演奏の両輪で活躍するアーティストが少なくないが、アメリカ人鍵盤楽器奏者のロバート・レヴィンは、その中でも最も目覚ましい活動を繰り広げている一人である。第一線のコンサートピアニストで、音楽学者としても最先端の知見を持ち、作曲家でもあって、バッハやモーツァルトなど大作曲家の未完の作品を完成させたりしている。そのレヴィンが、モーツァルト愛用のフォルテピアノを使ってモーツァルトのピアノソナタ全曲を録音。楽器の味わいと新鮮な解釈で話題を集めている。

ROBERT LEVIN 『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』 ECM New Series(2022)

 「モーツァルトが弾いたフォルテピアノは、ヴァルターが製作し、ザルツブルクのモーツァルト財団に所蔵されているこの1台しか残っていません。モーツァルトはこの楽器で、ピアノ・ソナタ、ピアノを含む室内楽、協奏曲などを作曲しました。つまり、彼が最高の音楽を創作した楽器なのです。それを前にするだけで感動しますし、鍵盤がちょっとすり減っているなど、モーツァルトが弾き込んだ跡を見つけるとなおさらです。

 この楽器自体は30年以上前から知っていて、折に触れて演奏してきました。ホグウッドが指揮するエンシェント室内管との共演でモーツァルトのピアノ協奏曲全曲を演奏した時も、これを使っています。この時代のフォルテピアノには繊細なイメージがありますが、確かに弦は細く、ハンマーは小さく、弦の強度も現代ピアノよりは弱くて、ハンマーが弦を速く打つため音がすぐ消える傾向はあるものの、音自体は力強いですし、デリケートな色合いがあってとても魅力的です。ダイナミックレンジも極めて広いのです。音の出方は歌うというより〈喋る〉ようで、そのせいでアーティキュレーションが明確になります。モダンのピアノとは、無声映画と今の映画のように違います。別の世界に誘われるような感覚ですね。膝で操作するダンパーペダルもついており、そのピアニッシモの効果にはシューベルトも驚嘆しています」

 演奏と研究の両立や歴史的演奏(HIP)への興味は、ブーランジェやスワロフスキーら優れたアーティストとの出会によってもたらされた。

 「私にとって幸運だったのは、10代の頃にナディア・ブーランジェのもとで学べたことです。彼女は、〈音楽言語〉のトレーニングをしてくれました。感覚的に演奏するだけでなく、音楽に対する理解と追求が必要だとわかったのです。私は指揮もしますので、ピアノ演奏、学者としての知識、指揮の3つを合体させて活動しています。

 モーツァルトの演奏に即興が必要であることは、ハンス・スワロフスキーと共演した時に学びました。フリードリヒ・グルダは昔から即興を入れていますよね。鍵盤楽器奏者で研究者であるマルコム・ビルソンと共演した時には、彼が所有していたフォルテピアノをもらいました。それは私にとって大きな財産になっています。

 歴史的演奏に関する研究は1960年代から盛んになりましたが、特にこの20年はより多くの人の注目を集めるようになり、中世から19世紀までの音楽がその対象になっています。偉大な作曲家が、どんな音を聴いていたかがわかるようになってきたのです」

 今回の全集で聞いてほしいポイントは、「ドラマティスト・モーツァルト」と、「リピートの扱い」だという。

 「オペラが得意だったことからわかるように、モーツァルトはドラマティストでした。彼の鍵盤作品はとても生き生きしていて、キャラクターが豊かです。モーツァルトの音楽がエレガントで流麗だという先入観は間違いで、実は感情の幅が広く、時に情熱的。彼が運転する車に乗っているような気分です。だから強い演奏がふさわしい。このフォルテピアノを使うと、すぐ変わるモーツァルトの気分や彼の指示に従うことが容易になります。

 もう一つ、この時代の作品の演奏で気をつけることはリピートの扱いです。当時、モーツァルト父子も含めて多くの作曲家がカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(以下C・P・Eバッハ)の影響を受けていました。C・P・Eバッハは、有名な『クラヴィーア奏法』で、リピートの重要性について説明しています。ソナタにリピートは不可欠だったのです。

 モーツァルトの場合、リピートの半分は普通の繰り返しですが、後の半分はほとんど作曲し直すような、ヴァリエーションと言っていいような形でした。この点でC・P・Eバッハの影響は大きいです。

 実は今回のソナタを録音する前に、C・P・Eバッハの全集を刊行するプロジェクトのチェアマンになりました。C・P・Eバッハの研究を行なったことで、モーツァルトが作曲当時囲まれていた音楽の一端を理解できて、かつてないアプローチができたと自負しています」

 


ロバート・レヴィン(Robert D. Levin)
1947年生まれ。ハーバード大学を経て、フォルテピアノとモダン・ピアノの演奏家としてリサイタルやオーケストラと共演。モーツァルト研究家としても知られ、レクリエムや協奏交響曲の未完部分を補筆完成させ、演奏様式や作曲形式の研究などで高く評価される。古典作品のあらゆる時代の様式に通じているばかりでなく、現代音楽もレパートリーとし、時に即興演奏も披露するなど多彩に活躍している。

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