バッハとベートーヴェンは永遠性をもってつながっている
中国出身、2002年にハノーファー音楽演劇大学に留学し、以来ドイツを中心に世界各地で活躍しているピアニストのハイオウ・チャンが、『私の2020年』と題する新譜をリリースした。ここにはベートーヴェンとJ.S.バッハの作品が収録されているが、特にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番には思い入れが深いという。
「私にとってバッハとベートーヴェンの作品は、永遠性をもってつながっているものだと思っています。コロナ禍ですべてが変わってしまったなかで、このふたりの作曲家は私に人生を見直す機会を与えてくれました。とりわけベートーヴェンの最後のソナタは自分の正しいアプローチを求める上で大切な作品です。9歳のころ初めて“ワルトシュタイン”を弾きましたが、強い印象を受けました。ドイツに住んでからは森や小径を散策し、ベートーヴェンの内面に近づこうと試みました」
バッハにも一家言をもつ。
「ドイツの教会を巡ると、バッハの音楽に込められた深い意味合いが理解できます。正しい音楽言語、正しいアクセスの仕方が体得できるからです。私にとってこれらの音楽は自分を豊かにしてくれるもの。人生を駆けて共に成長し、ずっと隣にいてくれる存在です」
これまで数多くの録音を行ってきたが、トーマス・ファイ指揮ハイデルベルク交響楽団との共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲第20番、第21番も思い出深い。
「トーマス・ファイはアーノンクールの弟子で、古楽奏法に通じています。彼との共演により私は新たなモーツァルトの語法、解釈、音作りを得ることができました。モーツァルトは大好きですが、以前は格闘していた時期があり、ようやく弾いていて幸福感を味わうことができるようになりました」
彼は、「音楽はコミュニケーションがもっとも大切」ということばを何度も口にする。
「作曲家、作品、共演者、聴衆とのコミュニケーション。これが音楽を形作り、そこで私の自己表現が可能になるのです」
自己表現という意味で、洋服がとても大切な意味をもつという。
「服装というのはその人を表しています。ナポリのサルトリア(テーラー)のルイジ・ダルクォーレ氏にステージ衣裳も日常着も作ってもらっていましたが、彼はコロナで亡くなってしまいました。ルイジのステージ衣裳は演奏を見守ってくれる。心臓の部分に隠されたボタンが縫い付けてあるんですよ」
この宝を身に付け鍵盤に向かう。