中国のピアノの貴公子の新譜はエレガントなモーツァルト
中国生まれでヨーロッパを中心に注目を集めるピアニスト、ハイオウ・チャン。パワフルでエキセントリックなパフォーマンスを武器にする中国人演奏家が目立つが、彼の演奏はとてもエレガント。リストの《ロ短調ソナタ》やラヴェルの《ラ・ヴァルス》といった作品でも、フォルテッシモで音は決して濁ることなく、アダルトな音色で聴かせる。今年5月に初来日、ヴァイオリニストの柳田慶子と鹿児島で演奏会を行った。
HAIOU ZHANG,NDR PHILHARMONIC STRING PLAYERS モーツァルト: ピアノ協奏曲第12&13番(弦楽五重奏による室内楽版) Haenssler Classic(2019)
ヘンスラー・レーベルから4枚目のディスクとなる彼の新譜は、モーツァルトのピアノ協奏曲の室内楽版。原曲のオーケストラ・パートを弦楽五重奏が演奏するバージョンだ。「今回のモーツァルト録音では、明るく、綺麗な音作りを目指しました。普段でもペダルを使いすぎないようにしているのですが、とりわけモーツァルトには必要ではないような気がしますね」
シャープな切り口から立体的な響きを作り出す弦楽器をバックに、まろやかにして粒立ちのよい、ノーブルなピアノがふっと浮き出るように奏でられる。「室内楽の良さを出しつつも、アンサンブルとして聴こえすぎないようにはしているんです。近すぎず、遠すぎずという距離をとったバランスが大事なんです」
その言葉は穏やかではあるけれど、持ち前の芯の強さも伝わってくる。そんな彼がピアノと巡り逢ったのは、9歳のとき家にあったモーツァルトのピアノ協奏曲第23番が録音されたカセットテープを耳にしたことだった。ピアノを弾きたいと熱望する彼のために、家族や親戚がお金を集めてくれてピアノを買ってくれたのだという。「モーツァルトは最初に接した音楽だったんですが、そのときから熱烈なファンというわけではなく、どちらかというと、スクリャービン、リスト、ショパン、そしてドビュッシーなどをよく弾いてましたね。でも、ある時期に、僕のところにモーツァルトが戻って来たんです」
現在は、今年秋のシーズンに弾くチャイコフスキーの協奏曲第1番とラフマニノフの協奏曲第3番を準備している。ラフマニノフのロマンティックな語り口が好きだという。それは、モーツァルトとは、真逆といっていいロマンティシズム。「音の数からして、対極といってもいい。でも、僕はとても偏った人間なので、そういう両極端なものがいちばん好きなんです(笑)」
そういえば、このアルバムのジャケット写真だって、その洗練された演奏とは真逆、ずいぶんと極端なイメージだ。「未来に向かう、新しい方向性というコンセプトなんでしょう。僕自身は、調和や穏やかさをイメージしていたんだけど……でも、モーツァルトだって、こんな恰好をしたこともあると思いますよ(笑)」