フランス南西部のガスコーニュ地方を拠点とするブルース・ロック・デュオ、インスペクター・クルーゾ。豪快かつ開放感あふれる彼らのロックンロールは我が国でもすっかりお馴染みで、昨年10月に出演した〈朝霧JAM〉でも熱狂の渦を巻き起こしたばかり。そんな彼らから通算9枚目のアルバム『Horizon』が到着した。その中身は、エレクトリックとアコースティックの塩梅が絶妙で、持ち前の骨太さのなかに深みのある滋味を感じさせるサウンドが横溢、自分たちならではのロック表現を徹底追求しているかのような印象を受ける。

 「テーマとしてはニール・ヤングのような音作りを念頭に置いていた。制作においてのパンデミックの影響? あまりなかったかな。逆に曲作りに時間がかけられたし、かなり集中できたかな」(マシュー)。

THE INSPECTOR CLUZO 『Horizon』 Fuck The Bass Player(2023)

 臨機応変な対応力。これこそ彼らの強みだ。ご存じの方も多かろうが、ふたりは日々農作業に勤しむファーマーでもある。15ヘクタールの農場〈Lou Casse〉を経営し、化学肥料や農薬を用いないオーガニック・フードを栽培、鳥や虫などの生態系を守るべく環境保全への取り組みも積極的に行っている。つまり普段から先が読めない大自然と向き合う彼らにとって、何か起きた際にはやるべきことを早急に決断し、対処するのが日常茶飯事なのだ。そんな彼らの暮らしぶりをアルバムに並ぶ断片的な物語が如実に伝えてくれるのだが……。

 「この5年ほど、さまざまな問題と直面した。夏はヒートウェイヴのせいで乾燥が進み、僕らの住む地方では自然発火による火事が多発した。いまは風が強く吹きすぎるから小麦を栽培するのがすごく大変で、そこにある危機をどうしても直視せざるを得ないんだ。そこで感じた恐怖は自然と音楽に滲み出るし、みんなが知るべきことを伝えなければという気持ちにもなる。でも怒りをストレートに押し出したくなかったし、ハッピーすぎるのも違うし、ちょうど中間的な部分を狙った。それを達成するために時間がかかったよ」(ローレント)。

 プロデューサーは、ジャック・ホワイトやクリス・ステイプルトンとの仕事で知られるヴァンス・パウエル。レコーディングは彼の住むナッシュヴィルで行われた。ライヴ感があってオーガニックな感触に貫かれたサウンドメイクは、ヴァンス自前のヴィンテージ機材が貢献しているようだ。作業時の思い出について二人はこう語る。

 「友人でもあるヴァンスのおかげで、心地良い環境で快適に作業できたよ。思い出深いのはリハーサル。最初ヴァンスの家でやっていたんだけど、あまりにうるさいもんだから彼の奥さんに追い出されちゃって。仕方なく外の小屋でやる羽目になった。でも冷たい雨が降っていて、いまにも凍える寸前でさ。おまけに小屋で育てていたヒヨコたちが足元でガヤガヤ騒いでるし、不思議な光景だったよ」(ローレント)。

 突然のハプニングなど屁のカッパな彼らでも、そのシュールな状況に対応するのにいささか苦労した模様。あと、おもしろい出来事としては、“Rockophobia”におけるイギー・ポップの乱入も見逃せない。

 「いまの世の中では、型破りなことをやるとすぐに物議を醸してしまうし、ロックのエッセンスがどんどん薄れていて、〈I Love You〉や〈Save The Earth〉みたいなフレーズばかりが巷に溢れている。そんな状況に異を唱える意味で、ロック界のハチャメチャの象徴、イギー・ポップを歌詞に登場させたんだ。それを彼のマネージャーに送ったら、イギー本人がおもしろがってくれてさ。曲に登場する声は実際に彼が残してくれたメッセージなんだよ」(ローレント)。

 どっしりとした安定感を備えながら、天性のヤンチャさが随所に顔を出すところも魅力的な『Horizon』。二人にとってはどんな意味合いを持つアルバムになったのだろうか。

 「僕らのキャリアにおけるもっともディープなアルバムになったね」(マシュー)。

 「年齢を重ね、経験も重ねて、昔よりも少し賢くなれた僕らを記録した作品だよ」(ローレント)。

 


インスペクター・クルーゾ
フランス南西部ガスコーニュ地方のモン・ド・マルサンを拠点に活動する、ローレント・ラクロウ(ヴォーカル/ギター)とマシュー・ジョーダン(ドラムス)から成る2人組バンド。90年代に始動したウルフアンカインドを前身に、2007年に結成される。農園を経営しながらDIYで活動し、2008年の『The Inspector Cluzo』からコンスタントにアルバムを発表。世界各国でライヴを行い、2009年の〈フジロック〉初出演を皮切りに日本でもたびたび公演を行っている。このたび通算9枚目のアルバム『Horizon』(Fuck The Bass Player)をリリースしたばかり。