「アメリカン・アイドル」からクイーンのヴォーカリストへ、そしてさらに真摯な表現者へ――古今の名曲を取り上げた待望のニュー・アルバムではどのようなドラマが歌われている?

初めてのカヴァー・アルバム

 いまやクイーンのフロントマンとして広く知られるアダム・ランバートだが、もちろんソロ活動もコンスタントに並行している。2020年の『Velvet』以来、約2年ぶりに通算5作目のニュー・アルバム『High Drama』を完成させた。クイーンでも好き放題やらせてもらっているように思える彼だが、ソロともなれば、いっそうグラマラスで煌びやかで、とことん自分らしさを発揮する。『High Drama』というタイトルに違わず、究極のドラマ性と高揚感でグイグイ圧倒。カヴァー・アルバムは、彼にとっても初めての試みだ。

ADAM LAMBERT 『High Drama』 More Is More/Warner/ワーナー(2023)

 とはいえ「アメリカン・アイドル」時代からカヴァーならたくさん歌ってきたアダム。TVシリーズ「glee/グリー」でもレディ・ガガの“Marry The Night”やダークネスの“I Believe In A Thing Called Love”などのカヴァーを披露していたし、そもそもクイーンとしてステージに立つ時も、いわばカヴァーを歌っているようなもの。そう、カヴァーならお手のものなのだ。とはいえ、だからこそ本作ではひと味もふた味も違った、彼らしいフィルターを通したカヴァー集を作りたかったのではないかという気がする。

 オープニングを飾るのは、ボニー・タイラーの84年のヒット曲“Holding Out For A Hero”。日本では麻倉未稀らの日本語ヴァージョンなどもヒットして、最近ではブラッド・ピット主演の映画「ブレット・トレイン」に使われていたり。疾走感溢れるダイナミックなオリジナルはアダムのキャラにピッタリという気がするが、本作ではブギーなグラム・ロック調を展開する。ホールジーやジェイソン・ムラーズを手掛けるアンドリュー・ウェルズがプロデュースを担当。本家ボニー・タイラーも絶賛し、〈素晴らしいヴァージョン〉とみずからツイートしていたほどだ。

 

自分らしさを発揮

 同じく80年代からは、カルチャー・クラブの“Do You Really Want To Hurt Me”を、オリジナルのカラフルなレゲエ調とは異なる、モノクロームなゴシック調のサウンドに塗り替える。デュラン・デュランの“Ordinary World”は、原曲のエッセンスを失うことなく、歌心が活かされたシンプルな形でリメイク。

 もちろん最近のお馴染みヒットも多数取り上げられている。シーアの“Chandelier”のカヴァーは、まるで映画のエンディング・テーマのように堂々とした仕上がりだ。彼の歌唱力あってのことだろう。一方、ピンクの“My Attic”は、細やかな表現力で丁寧にカヴァーされている。このあたりはオリジナル・ヴァージョンが歌い上げ系だったので、それほど大きなサプライズではないのだけれど、意外だったのはビリー・アイリッシュやラナ・デル・レイのカヴァーのほうだ。両曲ともオリジナルでは囁き系ヴォーカルだったのを、アダムは豪快な熱唱系へと変貌させている。ビリーの“Getting Older”にクイーン的なサウンドを混ぜ込んだり、ラナの“West Coast”がロック・ヴァージョンに生まれ変わって、ギターがバリバリ、ドラムがドカドカ鳴らされるなど、アレンジ面も凝っている。この2曲やキングス・オブ・レオン“Sex On Fire”のカヴァーに関しては、アダムの前作『Velvet』に関わっていたトミー・イングリッシュと、リゾやハリー・スタイルズのエンジニアを務めるジェレミー・ハッチャーの2人がプロデュース。アダムらしいロック・サウンドが開拓されたという気がする。

 「これまでの作品では流行りのサウンドを意識したり、追っていた部分もあった」と反省の弁を口にしているアダムだが、今作では「自分らしさを思いっきり発揮することに努めた」とコメント。あえて他のアーティストの既存曲を歌うのだから、自分色に染め上げるのがカヴァーの真意であり醍醐味と言えるかもしれない。

 

こだわりの見える選曲

 自分らしさという意味では、LGBTQアーティストとしてのこだわりも本作からは窺える。前述のカルチャー・クラブのボーイ・ジョージもそうだが、70年代に活躍したアメリカ人グラム・ロック・シンガーのジョブライアスもゲイを公表していたひとり。大々的に売り出されるも当時は大コケで、その後に再評価の波が高まったりも。アダムは、先人の意志を継ぐかのように、彼の“I’m A Man”のカヴァーでは、70年代的なロック・サウンドを再現してみせる。

 そういえば、ファースト・アルバム『For Your Entertainment』のリリース直後の2009年、アダムは〈アメリカン・ミュージック・アワード〉のパフォーマンス中に突然バック・バンドの男性とキスをして、大騒動になったことがある。そのTV中継を観た保守派が、不謹慎すぎると声を上げ、罰金騒動にまで発展。その後しばらくTVに出れなかったことを彼はつい最近も回想していた。いまでは考えられないような事件だが、アメリカのLGBTQ偏見が、当時はまだ相当ひどかったということだ。そんな状況がわずか10数年で大きく変化したのは、彼のような勇気のある人が、社会を変えて前進させてきたということだろう。

 こだわりを感じさせるクラシックな名曲の掘り出しは他にも収録されている。メンフィス・ソウルのアン・ピーブルスが歌った“I Can’t Stand The Rain”は73年のヒット曲。ティナ・ターナーによるカヴァーも、もちろんアダムは知っているに違いない。またアルバム本編のラストを締め括る“Mad About The Boy”は、いわゆるジャズのスタンダード・ナンバー。ダイナ・ワシントンのヴァージョンがよく知られている。もちろんアダムは男性目線で〈その男の子に夢中〉と歌っているのだが。

 本作を聴いて改めて驚愕させられるのが、アダムの歌唱力とその迫力だ。「アメリカン・アイドル」時代から素晴らしかったが、いまでは桁外れのレベルに達している。安定感といい、ダイナミズムといい、もはや別次元であり、しかもグラマラスな魅力も加わった。彼の唯一無二の個性が余すことなく歌からも聴こえてくる。 *村上ひさし

アダム・ランバートが参加した近作を紹介。
左から、クイーン+アダム・ランバートのライヴ盤『Live Around The World』(EMI)、2019年のサントラ『Playmobil』(Masterworks)、2021年の楽曲集『Highlights From Andrew Lloyd Webber’s Cinderella』(Verve)

 

『High Drama』に至るまでのディスコグラフィーを紹介!

ADAM LAMBERT 『For Your Entertainment』 19/RCA(2009)

ロブ・カヴァロやリンダ・ペリー、ハワード・ベンソン、ライアン・テダーら当時のヒットメイカーたちを豪勢に起用したグリッターな娯楽大作。ピンク用の曲だったマックス・マーティン製の“Whatya Want From Me”が大ヒットしたほか、レディ・ガガ作の“Fever”もあり。

 

ADAM LAMBERT 『Trespassing』 19/RCA(2012)

全米No.1に輝いたセカンド・アルバム。Drルーク&サーカットやブルーノ・マーズ、ロボポップなど磐石な布陣でエレクトロ主体のストロングなサウンドが用意され、ファレルとコライトした表題曲など主役の個性もよりダイレクトに出ている。ナイル・ロジャーズ客演の“Shady”もポイント。

 

ADAM LAMBERT 『The Original High』 Warner(2015)

デビュー時に組んだマックス・マーティン&シェルバックの総指揮でスウェーデン録音されたワーナー移籍作。北欧のポップ職人が多数参加してダークなハウスやダブステップなどEDM色の濃いキャッチーな音世界をギラつかせる。ビートの圧に負けない強靭なヴォーカルも圧倒的だ。

 

ADAM LAMBERT 『Velvet』 More Is More/Empire(2020)

クイーンでの成功を経ての4作目はインディーからのリリースに。トミー・イングリッシュらと組んでエレクトロの鎧を脱ぎ、ファンクやディスコ、グラム・ロックといったより生々しい70年代ヴァイブに乗せて野性味を発揮した快作だ。“Roses”ではナイル・ロジャーズとの再会も実現。

 

『High Drama』でアダムがカヴァーした楽曲のオリジナルを簡単におさらい!

 アダムがさまざまな意図や好みから選び抜いたであろう『High Drama』の収録曲。ここではその原曲について簡単に紹介しておこう。まず、オリジナルの年代がもっとも新しいのは“Getting Older”で、こちらはビリー・アイリッシュの2021年作『Happier Than Ever』のオープニング曲としてまだ記憶に新しいかもしれない。性的虐待や幼少期のトラウマに触れた内容も話題を呼んだ一曲だ。

 それに次いで新しい“My Attic”は、ピンクの2019年作『Hurts 2B Human』に収録されたジュリア・マイケルズらによる繊細でアコースティックなナンバー。他にも2010年代の曲では、グレッグ・カースティンが手掛けたシーアの人気曲“Chandelier”があり、これは2014年作『1000 Forms Of Fear』の先行カットとして全米8位を記録。ディオールのCMなどで耳にしたことがある人もいるだろう。同じく2014年の発表曲となる“West Coast”はラナ・デル・レイの『Ultraviolence』から生まれたメランコリックなソフト・ロックで、彼女の退廃美を引き立てるダン・オーバックの手腕も聴きどころになる一曲だ。

 そのまま00年代に遡れば、テネシー出身のロック・バンドであるキングス・オブ・レオンの代表曲“Sex On Fire”がある。2008年作『Only By The Night』に収録されたオリジナルは全英1位に輝いて各国のロック・チャートを席巻、グラミーにもノミネートされたバンド屈指のヒットだ。

 そこから90年代にまで飛んで……デュラン・デュラン指折りの名曲“Ordinary World”も実に良い選曲。これは徐々に失速しつつあった彼らが大人路線で前線に返り咲いた93年作『Duran Duran (The Wedding Album)』からの大ヒット・シングルで、全米3位を記録するなど世界的に成功した。

 さらに80年代からは2曲がピックアップ。まず“Holding Out For A Hero”は、ウェールズ出身シンガーのボニー・タイラーが映画「フットルース」(84年)のサントラから全英2位を記録したヒット。『The Collection』など彼女のベスト盤には必ず収録されているほどの代表曲だが、日本ではTVドラマ「スクール☆ウォーズ」主題歌だった麻倉未稀のカヴァーが馴染み深いという世代も多いはず。また、ボーイ・ジョージを擁するカルチャー・クラブの代表曲“Do You Really Want To Hurt Me”は、82年の初作『Kissing To Be Clever』から全英1位/全米2位まで躍進した世界的なデビュー・ヒット。なお、アダムは昨年ボーイ・ジョージの“Bacteria”に駆けつけていたことも付け加えておこう。

 そして70年代の楽曲では、まずアン・ピーブルズの“I Can’t Stand The Rain”。彼女の74年作『I Can’t Stand The Rain』(Hi)に収録されたメンフィス・ソウルを代表する一曲としてカヴァー例も数多いが、アダム版はミッシー・エリオット“The Rain (Supa Dupa Fly)”を連想させるあたりがポイントかも。そして70年代のもう1曲は“I’m A Man”。今回の『High Drama』中でもっとも知られていないかもしれないこの曲は、グラム・ロック流行期に登場したフィラデルフィア出身のシンガー、ジョブライアスが73年作『Jobriath』に収めた“I’maman”のカヴァー。モリッシーがファンだったことでも知られる彼は、ゲイであることを公表してメジャー契約を結んだ最初のアーティストでもあった。

 そしてラストはもっとも古い1932年の“Mad About The Boy”。もともとは英国の劇作家/作曲家であるノエル・カワードが舞台作品「Words And Music」のために書いた楽曲で、ブロッサム・ディアリーやアニタ・オデイら多くのシンガーが取り上げてスタンダードになった名曲だ。なかでも『The Very Best Of Dinah Washington』などの編集版で聴ける52年/61年録音のダイナ・ワシントン版は名高く、90年代にリーバイスのCMで使われてリヴァイヴァルしたこともあった。

 さように芯のある名曲が揃っているわけで、オリジナルも聴いてみれば『High Drama』をさらに楽しむことができるかもしれない。 *出嶌孝次