©Lena Semmelroggen

ACTからの最新盤をリリース、シンガー=アルマ・ナイドゥのアルバムをプロデュースしたドイツ/ヨーロッパを代表するドラマー

 ウォルフガング・ハフナーは、これまでジャズを中心に多彩な活動をしてきているドイツ人ドラマーだ。1965年、ニュルンベルク近郊の生まれ。チャック・ローブやランディ・ブレッカー、ウィル・リーら米国人奏者との付き合いも盛んで、来日も多数。直近だと、2019年6月に自己トリオで丸の内・コットンクラブに出演している。

 「チープ・トリックの『at武道館』が大好きで、武道館に行くのが子供のころの夢だった。僕は日本が大好き。日本の観客は世界で一番真剣に音楽を聴いてくれる人たちで、そういうところも本当に素晴らしい」

 音楽的な環境に育ち、彼は6歳からドラムを始めた。大好きなドラマーは、一にも二にもスティーヴ・ガッド。そんなハフナーは18歳のとき欧州フリー・ジャズ界の重鎮トロンボーン奏者であるアルバート・マンゲルスドルフのグループに加入し、プロの道に進んだ。

 「僕の音楽学校は、〈オン・ザ・ロード〉。すべてはツアーで学んだ。1ヶ月に25公演するのがざらだったからね。ラッキーなことにいろんな人から声がかかり、それはジャズに限らずロックだったり、ファンクだったり、ニュー・エイジだったり。そうした様々な現場をこなしてきて、今ある自分の音楽が確立されていると感じているよ」

 そうしたキャリアにおけるターニング・ポイントは? その質問には、「二つあるかな。一つはエレクトロ・ミュージックにも手を出したこと。アコースティック・ジャズにエレクトロ・スタッフを持ち込んだ『Zooming』(Skip、2004年)は僕の分岐点だね。それから、2000年代になりサイド・マンの活動をやめ、バンド・リーダーとして呼ばれる側から呼ぶ側になったのは、とても大きなことだ」

WOLFGANG HAFFNER 『Silent World』 ACT Music/キングインターナショナル(2023)

 ハフナーはこれまで20作を超えるリーダー作を発表。2006年以降はドイツの好ジャズ・レーベルであるACT(アクト)から趣向をこらしたアルバムを送り出しており、同レーベルからの2023年新作となるのが『Silent World』だ。そこには、サックスのビル・エヴァンス、トランペットのティル・ブレナー、ギターのドミニク・ミラー(cf.スティング)、トロンボーンのニルス・ラングレンら各国の名手たちがフィーチャーされている。

 「僕の人生と、今の状況がこのアルバムを作ってくれたと思っている。18歳からずっとツアーをしてきて、本当に忙しく駆け抜けてきた。でも、コロナ禍になり、周りが静かになってしまった。そんな現実の〈サイレント・ワールド〉と自分の心の内の〈サイレント・ワールド〉の両方をかけて、このアルバム表題にしたんだ。現代社会において自分をより良い状況に導くためには、必要のない情報やいらない音っていうものはあまりにも多すぎる……。いい意味で、世界が安らかになって欲しいというポジティヴなメッセージをそこに込めている」

 『Silent World』には、4曲でアルマ・ナイドゥというミュンヘンに住む新進の女性シンガーが参加し、それが効いている。彼女は昨年『Alma』(Leopard)という静謐にして滋味にあふれたアルバムを出したが、それはなんとハフナーのプロデュース。『Silent World』同様に、同作も彼の制作者としての力量の高さを知らせてくれる。「彼女はとても若いのにスタイルが確立されて、作曲の才能も持つ。そして、何より純粋なすごく温かい声が特徴的だ。これからどんどん世界で求められると思うな」

 それにしても、それら両作品に横溢する、悠然とした聴き味をどう書き留めたものか。ジャズを知っているからこその発展を抱えつつ、その聴感は慈しみや現代性(それは、ハフナーの控え目なのに立体的なドラミングが導く)や癒しを抱えているから。そして、それらはジャズという枠を超えて様々な人にアピールする訴求力を持つ。ハフナーも「ジャンルはなんですかと問われれば、ジャズではなく、音楽と僕は答える」、とのことだ。

 コンテンポラリー・ヒューマン・ミュージックという呼称は、どうでしょう? ぼくがそう問いかけると、「うん、パーフェクト」と、彼は微笑んだ。

 


ウォルフガング・ハフナー(Wolfgang Haffner)
1965年、ドイツ生まれのドラマー・作曲家。18歳の時に伝説のトロンボーン奏者アルバート・マンゲルスドルフに見いだされたことからそのキャリアはスタート。その後共演したミュージシャンはジャズ/フュージョンにとどまらず、チャカ・カーンなどのサイドメンとしてR&B、ロック、ポップスなど幅広い分野で世界中を飛び回り、20枚ほどのリーダー作、400枚以上のアルバムでその活躍を聴くことができる。世界中の主要なジャズフェスティバルで演奏し、日本からアメリカ、南アフリカからブラジルまで 100カ国でツアーを行っている。 自身のグループ〈Wolfgang Haffner Quartett〉は世界各地で精力的にツアーを行っている。