台湾の精神性を写し込んだ端正な室内楽の響き

 2009年、ピアノの江致潔を中心に結成された台湾の室内楽アンサンブル、Cicada。昨年には〈The Piano Era 2022〉のため来日した彼らの新作『Seeking The Sources Of Streams』がリリースされた。

CICADA 『Seeking the Sources of Streams』 風潮音樂/FLAU(2023)

 アルバムタイトルを直訳すれば〈流れの源を求めて〉といったところだろうか。実際、作曲を担当する江致潔は台湾の中央山脈をトレッキングし、そこで得たインスピレーションを各曲に落とし込んでいったという。標高3,000m級の高峰が連なる中央山脈は、山頂付近の寒帯から山麓の熱帯まで幅広い気候帯が広がる地。多種多様な植生、山の稜線、次々に変わる天候のイメージが音へと変換されていく。

 なお、Cicadaは過去にも台湾の自然やそこに生きる動植物などをテーマに作品制作を続けてきた。2013年の『Coastland』や2015年の『Light Shining Through The Sea』では広大な海の世界がモチーフになり (日本では両作をコンパイルした『Ocean』としてリリースされている)、2017年の『White Forest』では海や都市に生きる命がテーマとなった。本作はそうした試みの延長上にあるものである。

 Cicadaのオフィシャルサイトには本作に関して〈ハイキングの目的はもはや山頂に到達することではなく、内部を探すことでした〉という一文が記されている。ここでいう〈内部〉とは、台湾に生きる人々の精神性でもあるはずだ。山を歩きながら、自分たちがどのようにそこにあるものを見つめてきたのか、そうした意味での〈内部〉へも深く足を踏み入れている。本作は単なる自然讃歌ではなく、自身の霊性を描写するものでもあるのだろう。

 端正なアンサンブルは彼らがポスト・クラシカルの潮流のなかで注目を集めてきたことを再認識させられるが、インスピレーションの源流が中央山脈にあることを考えると、台湾の風土が育んだヴァナキュラーな作品であるともいえる。透明な抒情性を湛えた江致潔の楽曲にはさらに磨きがかかっていて、ひとつひとつのメロディに耳を澄ますと、山中を抜ける冷たい風や木漏れ日の暖かさが感じられるようだ。