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チョ・ソンジンの〈偉大なる変貌〉を印象づける『ヘンデル・プロジェクト』

 2022年8月25日。東京オペラシティコンサートホールでチョ・ソンジンのピアノ・リサイタルを聴いた。2009年の浜松国際(第1位)、2011年のチャイコフスキー(第2位)、2015年のショパン(第1位)……と世界名だたるコンクールの覇者はここ数年、レパートリーの舵を大きくドイツ=オーストリアの作品へと切った。2019年に録音したシューベルト“《さすらい人》幻想曲”とベルク、リストそれぞれの単一楽章ソナタを組み合わせたアルバム(DG)の立派な演奏に驚き、それが晩年のラドゥ・ルプーから受けた影響の産物だと知り、二度びっくりした。コロナ禍で何度か延期された東京のリサイタルでも前半にヘンデルの組曲2つとブラームスの“ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ”、後半にシューマン“3つの幻想的小曲集”“交響的練習曲”と、超重量級のドイツ音楽プログラムに挑み、見事な成果を上げた。アンコールにショパンの“スケルツォ”第2番を弾いたと思ったら第1、3、4番と続けて結局、全4曲がそろった。

チョ・ソンジン 『ヘンデル・プロジェクト』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2023)

 DGの新譜『ザ・ヘンデル・プロジェクト』は日本公演の直後、9月にベルリンのジーメンスヴィラでのセッション録音。EU原盤のライナーノートで、チョは古典派以前の音楽に遡る必要を感じ、とりわけヘンデルの組曲をモダン・ピアノで弾く意味を〈発見した〉と語る。トレヴァー・ピノックらピリオド楽器奏者の演奏に影響を受け、実際にチェンバロを触りながらも現代のピアノにこだわり、ペダルの使用を控え、デュナーミク(強弱法)の一部を変えることで独自の再現を目指した。ヘンデルは日本で弾いた“第2&8番”に加え、終曲(第4曲)が“調子のよい鍛冶屋”として有名な“第5番”の組曲、さらにブラームスの変奏曲の後に“第7番”のサラバンド、ヴィルヘルム・ケンプ編曲の“メヌエット ト短調”を収めた。ブラームスではヘンデルの影響下に始まり、次第にロマン派の意思がこもるプロセスを克明に追い、ウィーン風の優美な音色も忍ばせるなど、28歳にして〈若き巨匠〉と呼べるだけの芸風を身につけたのに感心する。