Page 2 / 2 1ページ目から読む

 東京ブギウギの録音はコロナ禍で構想が広がったが、コロナによって音楽を含めた文化・芸術界は大きな打撃を受けた。コロナに翻弄された3年間は、夏木にとっても歌が持つ力を再認識した期間だった。

 「特に日本ではコロナの感染拡大当初、文化や芸術は〈不要不急〉などといわれましたし、文化や芸術に対する助成も少なかったので、業界にとっては本当につらい時期でしたね。でも、そんな時期だからこそ私は今やりたいことはすぐに行動し、今回のレコーディングにつなげました。音楽が人の癒しになると思ったのです。当時は配信が目立つ時期でしたが、音楽はやはりライヴがいい。歌に関して、私はプロデューサーではなく、いつでもプレイヤー(歌い手)でいたい。歌が好きだから。やっと自分が歌いたい歌を歌える年頃になってきたということもあります」

 様々な分野で成功を収めてきたかに見える夏木が「最近歌を歌える年頃になってきた」というのは意外だが、これは様々な芸術に関する経験や知識をどん欲に吸収し、血肉化してきた夏木の本質を示している。

 「歌いたい歌が歌えるようになってきたのは4、5年前ですね。私は何をするにも遅いんですよ。いろいろな音楽にもまれたからだと思います。私はジャニス・ジョプリンへの憧れから音楽界に入りましたが、今は現代音楽やジャズなど、触れてきたすべての音楽の影響を受けています。その結果が今なのだと思います。俳優でも音楽をやっている人がいますけど、そういう方と共演するとその人のグルーヴ感が自然と(演技などに)現れるんです。世間では私のことを俳優としか思っていない人がかなり多いんですよ。私がこんなにも歌が好きなのを、皆さんご存知ないかもしれません。だからこそ、今回の東京ブギウギをカッコいい音楽だと言わせたいです。東京ブギウギの原曲を知っている高齢の方から知らない若者まで、レンジは広いです」

 今年は1973年のデビューから50周年という節目の年だが、同時に夏木自身が演出を手掛ける舞台『印象派』の立ち上げから30年という年でもある。

 「デビュー50周年、本当に早かったなあと。いろんな記憶はあるけれど、とにかく必死でやってきました。才能がないので他の人とアプローチも違う。でも自分らしく輝けるようにやってきたつもりです。今年は1993年に始めた印象派も30周年ですし、途上国への支援活動〈One of Loveプロジェクト〉が15周年、清水寺での〈文化奉納〉も10周年なんですよ。すべて偶然ですけど、2、3年前に節目の年がそろっていることに気づきました」

 歌と演劇が夏木の中核にずっとあったのは間違いないが、その似て非なる二つの分野をどのように往来してきたのだろうか。

 「80年代は演劇ばかりだったですけど、やはり私は歌うことが好きなんです。デビュー当時から忸怩たる思いがあって。初めての曲“絹の靴下”を出した時は歌謡曲だったんですよ。私はジャニスのようにバンドをバックにして歌いたかった。だからこそ音楽には思い入れがあり、〈印象派〉を始めるときは現代音楽やシャンソン、ジャズなど、いろいろな音楽と付き合うようになった。本当にいろいろ聴き直しましたよ。ジャンルレスで、自分がいいと思った音楽ならと思うようになったんです。小西康陽くんと一緒にやった時はジャズとシャンソンが混ざったような感じだったし、今年4月20・21日にはブルーノート東京でのライヴもやります。ブルースのような音楽も好きですね」

 東京ブギウギの新録音に続き、6月からは印象派の新作『印象派NEO Vol.4  The Miracle of Pinocchio 「ピノキオの偉烈」』も上演される。コロナ禍でたびたび延期になり、約5年越しでようやく上演にこぎつけることができた。

 「主演は舞踊による身体表現が優れている土屋太鳳さんにお願いしましたが、彼女が妊娠したことによって演出やタイトルも大きく変更しました。私にどれだけ試練を与えるのだとも思いましたが、私はネガティブには考えず、むしろチャンスだと捉えました。妊婦とおなかの中の子どもも一体となった、今までにない奇跡の舞台にしようと。印象派の準備はいつも大変ですけど、やはり私のすべてが出る場所、戻るべき場所は印象派です。今年はいろんな周年が並んで〈お祭り〉状態ですが、9月にはボブ・ディランの30周年記念コンサート(1992年、多くのゲストミュージシャンが参加し、ディランの名曲を演奏した伝説的なライヴ)のようなライヴを野外でやりたいと思っていますし、清水寺での舞台もやります。自分をどんどん発信していきたいですね」

 70歳となった今も自らを前進・進化させるため、貪欲かつ謙虚にあらゆる芸術活動に取り組む夏木。個性の埋没化が叫ばれて久しいこの日本において強烈な“個”を提示し続ける、きわめて稀有な表現者といえるだろう。

 


夏木マリ  Mari Natsuki
5月2日生まれ、東京都出身。71年、本名の中島淳子名義による“小さな恋”で歌手デビュー。その後、夏木マリに改名し、73年にシングル“絹の靴下”を発表。83年、〈第34回芸術選奨文部科学大臣 大衆芸能〉で新人賞を受賞。95年、小西康陽氏からのアプローチを受け、ミニアルバム『九月のマリー』を発表し、渋谷系チャートNo.1に。09年、支援活動〈One of Loveプロジェクト〉をスタートさせ、毎年〈One of LoveプロジェクトGIG〉を開催。主な出演作品に、映画『里見八犬伝』、男はつらいよシリーズ、映画『千と千尋の神隠し』、主演映画『生きる街』、NHK連続テレビ小説『ひまわり』、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』、ドラマ『夕暮れに手をつなぐ』など。

 


LIVE INFORMATION

MARI NATSUKI "MARI de MODE 5 Jubilee"
New Single Release Live

〇4/20(木)21(金)17:30開場/18:30開演
【出演】夏木マリ(vo)田中義人(g)川崎哲平(b)山内陽一朗(ds)井上薫(key)柴田敏孝(p, key)斉藤ノヴ(ds)
【会場】ブルーノート東京
www.bluenote.co.jp/jp/artists/mari-natsuki/

夏木マリ 印象派NÉO vol.4
The Miracle of Pinocchio「ピノキオの偉烈」

〇6/3(土)・4(日)13:15開場/14:00開演
【会場】高崎芸術劇場 スタジオシアター
〇6/10(土)・11(日)13:15開場/14:00開演
【会場】北九州芸術劇場 中劇場
〇6/14(水)~18(日)
14日(水)~16日(金)18:15開場/19:00開演
17日(土)13:15開場/14:00開演|18:15開場/19:00開演
18日(日)13:15開場/14:00開演
【会場】新国立劇場 中劇場
〇6/22(木)・23(金)18:15開場/19:00開演
【会場】ロームシアター京都 サウスホール
〇6/28(水)
【会場】シビウ国際演劇祭  Sala "Eugenio Barba"
【演出】夏木マリ
【出演】土屋太鳳/マメ山田
Mari Natsuki Terroir
山崎麻衣子/小島功義/城俊彦/牟田のどか/高橋綾子/岩崎未来/川崎
萌々子/国枝昌人
夏木マリ
【演出助手】川本裕子
【振付】井出茂太/小㞍健太
inshouha-neo.com/

祝・日比谷野音100周年  
MARI NATSUKI 50 Jubilee LIVE

〇9/16(土)
【出演】夏木マリ/他ゲスト多数
【会場】日比谷野外音楽堂
www.natsukirock.com/