注目の知性派ピアニストが巨匠ゼルキンに捧げるオマージュ
作曲家の自筆譜や初版譜などを丹念に研究する知性派ピアニストとして多方面で活躍する大石啓が、注目のデビュー盤を発表した。収録曲はオール・ベートーヴェン。彼が敬愛してやまない巨匠ルドルフ・ゼルキンに捧げるオマージュで、第14番“月光”、第8番“悲愴”、第23番“熱情”の3大ソナタと“エリーゼのために”(以上、収録順)が選ばれている。
〈ゼルキン偏愛ピアニスト〉の大石は今回、収録曲以外にも徹底的にこだわった。
「ゼルキンがこの3大ソナタを米Colmubiaに録音したのが1962年12月8、14、15日。それから60年後にあたる2022年12月14、15日にこのセッション収録。本当に幸せでした。初録音で印象的だったのは、マイクを通して聴いた自分の音はイメージと大分違ったのでタッチを替えたこと。“月光”の第1楽章は恐らく自分の人生で一番小さな音で弾いたと思います(笑)」
13歳頃からゼルキンのベートーヴェン録音を毎日繰り返し聴き続ける中で、彼の研究熱心なアプローチが力強い美しさと説得力に繋がっていると考えた大石。その影響で自らも自筆譜や初版譜を可能な限り遡るようになったという成果は、当盤の演奏および自筆のライナーノートにみごとに結晶している。
その聴きどころを訊ねると、「自筆譜が残る“月光”と“熱情”では、そこに厳密に記されたペダル記号に沿った細心の演奏を心がけました。“悲愴”の自筆譜は残念ながら紛失。そこで私は、最も古い資料である1799年の初版譜の復刻版をウィーンのドープリンガーで見つけて学びました。その成果の一つが第1楽章の繰り返し。初版譜と現在の原典版ではAllegroに戻る指示ですが、私はゼルキン同様、冒頭のGraveに戻る解釈を採用しました。これは序奏と主部がセットで一つの主題になっていて、主部の最後の重音から単音のAllegroには戻らないと思ったから。こうした作業を通してゼルキンの解釈に改めて脱帽しつつも、私は“熱情”の3ヶ所(第2楽章の47小節、第3楽章の329 & 352小節)で、彼が採用しなかった自筆譜の音符を採用してみました」
近年はこうした研究者肌をCDやコンサート・プログラムの解説などでも発揮。次回作では、再び自筆譜にこだわってベートーヴェン“ワルトシュタイン”やモーツァルト“トルコ行進曲”、メンデルスゾーンの幻想曲などに意欲を見せており、ぜひ実現を願いたい。
LIVE INFORMATION
マルタケホール ゴールデンウィーク コンサート 2023
2023年5月3日(水・祝)新潟・マルタケホール
開場/開演:14:30/15:00
■曲目
〈CD発売記念~思い出に残る名曲を集めて~〉
シューベルト=リスト/魔王
ポトチェク/ハーモニック・ピース(初演) 他