青山真治が自ら〈監督〉した年代記――100名以上の言葉で生涯を辿る大著
彼の言葉を借りるなら、奇妙な符号に魅入られたと言えようか――アルバート・アイラーと同じ7月13日に生まれ、ジャン=リュック・ゴダールと同じ年にこの世を去った一人の映画作家がいた。彼はかつて夭折の音楽批評家・間章のドキュメンタリーを制作したが、間の没後に刊行された著作集と同じ大きさの一冊の書物が、彼の没後にも刊行されることになった――。
本書は映画監督であり、小説家、批評家、音楽家としても活動し、2022年3月に57歳で早世した青山真治の足跡を辿る年代記である。執筆陣として名前を連ねているのは、青山本人のほか、俳優やスタッフから知人、友人、教え子まで総勢105名。インタヴューや対談、座談会、エッセイ、批評などの新録および再録が含まれており、全体で800ページを超える大部となっている。責任編集は青山と約30年来の付き合いがある映画批評家でboid主宰の樋口泰人が務めた。
「Helpless」(1996)で劇場長編映画デビューし、3時間半の大作「EUREKA」(2000)で国際的な評価を得、その後「東京公園」(2011)などを手がけ、最後は「空に住む」(2020)が遺作となった――そのような映画監督としての一面的なイメージは、本書の序盤に登場するバンドマン時代のポートレートからして覆される。代わりに浮かび上がる多面性のうち、特筆すべきは批評家としての青山真治の顔だろう。蓮實重彥が〈ことのほか優れたものだった〉と驚嘆した大学時代のレポートさえ収録されているのだ。
音/音楽との関わりの深さも特異な映画作家の立ち位置を示している。青山映画で音楽を共作した山田勳生の語り、あるいは映画音響のありようを詳らかにする菊池信之と長嶌寛幸の対話、はたまたクリス・カトラーおよびインプロヴィゼーションを巡る青山と大友良英の議論や、「AA 音楽批評家:間章」(2005年)のトークセッション等々。全体を通じて興味深いのは、年代記でありつつ、青山真治の人生をクロノロジカルに辿るだけでなく、その都度、語り手/書き手によって辿り直しが為されていく点だ。すなわち執筆陣の数だけ彼の物語がある。そしてそれは映画と音楽と文学を愛した一人の人間の個人史であると同時に、20世紀後半から21世紀初頭にかけての小文字の映画史を明らかにするものでもあるだろう。
本書は青山自身が途中まで構想していた目次を基に編まれたという。その意味で彼の〈監督作〉の一つでもある。それは批評家としての彼の身を賭した仕事ともなった。個体である青山真治の生涯は終われども、奇妙な符号に魅入られた本書は彼の人生と作品を外部に後世に開いてゆく役目を果たす――まさしく批評という営為が本来的に対象を未完結な状態へと導くように。