田中慎弥の芥川賞受賞作の映画化。脚本を荒井晴彦、その脚本を読んで「これを他人に撮られたくない」と思ったというほどの惚れ込みようで青山真治が監督した。結論から言えば、田中慎弥の映画でもあり、荒井晴彦の映画でもあり、何より青山真治の原点回帰的(処女作『Helpless』)でかつ『サッド・ヴァケイション』の先を描いた映画になっている。
舞台は昭和63年の夏。山口県下関。17歳の主人公遠馬(菅田将暉)は同い年の千種(木下美咲)と関係を持つ。遠馬が恐れていること、それは父親円(光石研)の性癖(性行為の際に相手を殴りつける癖があること)が、自身の血にも引き継がれているのではないかということである。そんな円の暴力に耐え切れず実の母仁子(田中裕子)は川辺の魚屋に移り住んでいる。円は飲み屋街に勤める愛人の琴子(篠原有希子)と一緒に住んでいるが、彼女も常に顔に痣を作っている。
主人公遠馬と父親円。その周囲に世代の違う3人の女性を配置し、暴力と性を、父性と母性を、ひいては忘れてしまいたい“昭和”を炙り出していく。何より役者がみな圧倒的な存在感で素晴らしい。特に田中裕子! 豪雨の中の歩み! クライマックスの間の抜けたスポッというアレ! そしてある人を「あの人」と呟くことの説得力!圧倒的である。
それにしてもこの映画の川は素晴らしい。海に近く干潮と満潮で違った表情を見せる川。血も雨も主人公の精液も、そこに暮らす人間をも全て飲み込んでいくかのような川。《帰れソレントへ》の旋律と共にエンドクレジットで映される川の爽快なまでの清々しさ。川が血みどろの物語をも飲み込んでしまうことにこそ、真の恐ろしさが潜んでいる。爽快さと恐ろしさが同時に訪れる衝撃をこの目でこの耳で確認していただけたらと思う。