バッハとピアソラの対バン? スマートに駆け抜けるチェンバロの解放感!

 時代も作風もまったく違う作曲家を組み合わせる。チェンバロ奏者平野智美が今回試みたのは、バッハとピアソラのマッチングだ。言わずと知れたクラシックとタンゴの両巨匠だ。

 もちろん、バッハの音楽はどんな組み合わせでもカタチになる。なにせ西洋音楽の基礎を作り出した作曲家なのだから。バッハの影響を受けていない作曲家はヨーロッパには存在しないし、相手が非西洋圏の音楽ならば、さらにスケールの大きな渦ができる。対バンを組むならもってこいの作曲家なのである。

平野智美 『バッハ × ピアソラ』 ALM(2023)

 アルバムの前半には、バッハ作品が収録されている。最初はチェンバロ協奏曲第1番。オーケストラではなく、弦楽五重奏によるバージョンだが、その密度感あるアンサンブルは編成の小ささをまったく感じさせない。ヴァイオリンの長岡聡季やチェロの懸田貴嗣など、古楽に通じた実力派を揃え、そこに平野のチェンバロがスマートに駆け抜ける。

 同じくバッハの平均律クラヴィーア曲集から第15番、第16番。平野は両手のバランスを保ちながら、とりわけフーガでは立体感を浮かび上がらせる。

 そして、第1番のプレリュードのあとに弾かれるのは、調は異なれど、まったく同じ旋律。バッハのこの曲を伴奏として引用したグノーの“アヴェ・マリア”かと思えば、ヴァイオリンが奏でるのは、同じ“アヴェ・マリア”でもピアソラの作品。グノーを橋渡しとして、バッハとピアソラをうまく繋いだのだ。その切り替えのなんと美しいこと!

 バッハのあとに聴くピアソラの開放感。バッハの遺伝子を受け継ぎながらも、そこに南米の情感が込められる“オブリヴィオン”。そして、再び弦楽五重奏が加わって、“リベルタンゴ”と“アディオス・ノニーノ”が演奏される。その古楽風のニュアンスもじつに新鮮だ。チェンバロが加わることで、音形も明瞭になる。

 さまざまなものを凝縮したバッハの音楽が美しい切り替えを経て、ピアソラの音楽として広がっていく。鮮やかな一枚だ。