〈藤井 風の新曲〉――このフレーズだけで何か大きなうねりが起きそうな気がする。2023年8月25日に配信リリースされた新曲“Workin’ Hard”は、現在開催中の〈FIBAバスケットボールワールドカップ2023〉中継テーマソング(日本テレビ系・テレビ朝日系共通)として同大会を支えている。
めまぐるしい展開でゲームが進むバスケットボール、その国際大会のテーマソングを藤井 風は、予想外のビート、そしてこれまでになかった視点を用いて書き下ろした。異国情緒に溢れながら、日本独自のトライバルなリズムが共存する新曲には、一体どのような仕掛けが隠されているのか。ライターのs.h.i.に解き明かしてもらった。 *Mikiki編集部
従来の〈応援歌〉にはない表現志向
藤井 風の新曲“Workin’ Hard”が素晴らしい。リオン・ウェアとマーヴィン・ゲイの名曲“I Want You”(76年)に通じるラテン風ソウルからクラシック音楽にも、さらには90年代R&Bにも繋がるコード感、重心の低いパーカッションと強めのピアノ打鍵がよく粘るベースを介し絡むビートが絶妙で、そこに囁くような歌い回しで溶け込むボーカルの兼ね合いもたまらない。
こうしたサウンドの魅力はプロデュースを担当したDJダヒ(ケンドリック・ラマーやドレイク、SZAなどの名作を手がけたプロデューサー)によるところが大きいのだろうが、夏の暑さと好対照をなすクールで内省的な歌声、そこから醸し出されるサウダージ感は、藤井 風の流麗なフロウと音色表現の賜物でもある。
本曲は〈FIBAバスケットボールワールドカップ2023〉(フィリピン・インドネシア・日本による共催)の中継テーマソングとして書き下ろされたものだが、その歌詞の内容は、晴れ舞台で輝くスターを応援するというよりも、ひと知れず頑張り続ける人々の姿を見て鼓舞される心境を歌っているようだ。派手な起伏を避けた曲調もそうしたテーマを反映していて、ゲームが盛り上がるハイライトよりも、膠着状態の静かな緊張感に寄り添っている印象がある。
それは〈結果なんぞかったりーわ〉〈Trust the process and be brave(プロセスを信じて勇敢であろう)〉という歌詞にも象徴的だ。こうした表現志向は従来の〈応援歌〉と比べると挑戦的なものだと思われるかもしれないが、R&Bという音楽系譜の芯になっているブルース感覚、淡々とした反復進行のなかで喜怒哀楽が渾然一体となっていく表現性を非常によく捉えていて、そういった立ち位置からでなければ成し得ない〈応援歌〉にもなっている。楽曲のクオリティ面でも在り方の表現という面においても、本当によくできた作品だと思う。
“Workin’ Hard”で見え隠れする〈労働の大変さ〉
さて、”Workin’ Hard”の解釈は以上のような読み方が基本的なものだろうが、この曲はそこからさらに深く掘り下げていける奥行きがある。そこで、“Workin’ Hard”の〈Hard〉が示唆する〈労働の大変さ〉と〈課せられた重荷〉について、付記しておきたい。
まず、〈労働の大変さ〉について。これはイントロのビートとそれに続くブルース〜ゴスペル的なピアノフレーズに顕著なのだが、“Workin’ Hard”は現代的なR&Bを軸とする一方で、世界各地で伝統的に培われてきた労働歌(日本古来のそれや、アメリカの奴隷農場で歌い継がれてきた黒人たちの歌など)も参照しているように思われる。
MVもその点においては意識的で、藤井 風とともに作業し舞い踊る人々は、社会に欠かせないエッセンシャルワーカーたちだ。そうした地道な日常の様子を描く楽曲を華やかなスポーツの世界大会に提供する姿勢は実にコンシャスなものだし、そう考えると、チャント(掛け声、応援歌)との相性がいいビートにそうした声が入っていないことも、少なからず意識的なものであると思えてくる。あるべき歓声が入っていないことで空虚さを示しつつ、自身のライブでファンの歓声が入ることにより初めて楽曲が完成する、そんな余地を残しているのかもしれない。こうした〈空間〉の活かし方もあるのかと唸らされるばかりである。