アメリカツアーや⽇産スタジアムでのワンマンライブ、「NHK紅白歌合戦」への出場など、2024年を通して大活躍した藤井 風。2025年最初の新曲として届けられた“真っ白”は、ジャケットとアーティスト写真を含めていつになく自然体で軽やかだ。そんな“真っ白”に聴ける歌謡曲の系譜や歌詞に表れている独自の世界観、それらから導き出される〈藤井 風の音楽が人々に愛される理由〉について、文筆家・神野龍一に綴ってもらった。 *Mikiki編集部

藤井 風 『真っ白』 HEHN/ユニバーサルシグマ(2025)

 

高評価をよそにリラックスしたムードとドメスティックな雰囲気の新曲

藤井 風が2025年3月14日にEP『真っ白』をリリースした。本作は2月28日に配信リリースした楽曲“真っ白”にアカペラやインストバージョン、ベースとしても参加しているKOBY SHY(小林修己)によるリミックスが収録された4曲入りEPとなっている。“真っ白”は日本コカ・コーラシステム〈い・ろ・は・す〉のCMソングとなっており、また藤井 風は〈い・ろ・は・す〉の新アンバサダーとして楽曲提供だけでなく山田智和監督によるコマーシャルにも出演している。

シングル“真っ白”は2024年7月にリリースした“Feelin’ Go(o)d”以来7ヶ月ぶりの新曲で、また昨年3月にリリースした“満ちてゆく”がテレビ朝日系音楽番組「EIGHT-JAM」内の〈プロが選ぶ年間マイベスト10曲〉にて蔦谷好位置・川谷絵音の2名によって1位に選出されるという快挙を達成後、満を持してリリースされたが、そんなプレッシャーも感じさせない非常にリラックスした楽曲となっている。

YouTubeの概要欄のクレジットを見ると、前述したようにベースはKOBY SHY、ドラムは小松シゲル(NONA REEVES)、印象的なギターを弾いているのはツアーメンバーでもあるTAIKING(Suchmos)。藤井 風はシンセサイザーとしてクレジットされている。今までシンセサイザーとしてクレジットされることが多かったプロデューサーYaffleがクレジットされておらず、藤井 風自身による初のセルフプロデュースシングルである可能性が高い。前作“Feelin’ Go(o)d”がA. G. クックのプロデュースだったことに対し、今作は国内のメンバーと作り上げたドメスティック(国内向け)な雰囲気が漂っている。

 

歌謡曲やJ-POPの継承者としての自覚

そのまま楽曲の考察へと入っていこう。ここで〈ドメスティック〉という言葉を使ったのは、藤井 風が自身を日本の歌謡曲やJ-POPの継承者として多分に自覚的であるということを想定しているからだ。実際、藤井 風のデビューのきっかけになった、10代から続けていたYouTubeでの弾き語りのレパートリーの多くは70年代の歌謡曲やJ-POPの楽曲で構成されていた。

“真っ白”において最初に歌われるサビのメロディーはどこか懐かしい歌謡曲のメロディーのようでもある。もっと言ってしまえばロス・インディオス&シルヴィアの“別れても好きな人”(1979年)と導入部のメロディーが非常に似ている。氏のこういった楽曲はしばしばあり、例を出すならば『HELP EVER HURT NEVER』収録の“さよならべいべ”のサビの冒頭も堺正章“さらば恋人”(1971年)に非常に似通っている。

ここで似ていると言ってもそれは冒頭のメロディーの数音程度で、その後のメロディーもコード進行も全く違う展開をしていく。藤井 風のこうした作風はいわばビバップジャズの演奏のように、最初にテーマとして曲を提示したあと、アドリブによって変奏していくアプローチに近く、90年代に渋谷系アーティストが行った〈引用〉やヒップホップにおけるサンプリングのような、元ネタの楽曲構造をそのまま頂くものとは大きく違うことは留保したい。

むしろ、あからさまに歌謡曲のメロディーを提示することで、楽曲に対して〈変奏〉をすることで違う視点や、同じシチュエーションから別の物語を描こうとしているのではないだろうか。そう考えると歌詞にある〈好きだけど/離れなくちゃ〉という言葉の響き方も違って聞こえてくる。また、こうしたメロディーは聴き手に懐かしさや親しみを覚え、人の記憶に残りやすいという点でも重要だ。