©Ivor Alice

これは十代の頃の自分が作りたかったレコード――ハイブリッドな電子音楽を追求するハイパーダブの俊英が、実験性と親しみやすさの穏やかに向き合った傑作を完成!

 95年生まれのロレイン・ジェイムズは、ロンドンで育ったアーティストだ。幼い頃からピアノのレッスンを受けるなど、いつも周りには音楽が溢れていた。レッスンを受けながら愛聴していたのはパラモアやデス・キャブ・フォー・キューティーといったバンドで、エモやマス・ロック系のバンドが出演するライヴには頻繁に足を運んだ。母親の影響でカリプソやファンクもよく聴いたという。このような音楽的背景を持つジェイムズがエレクトロニック・ミュージックにハマったのは、スクエアプッシャーやテレフォン・テル・アヴィヴがきっかけだ。いわゆるIDMと形容される音を鳴らすアーティストで、インタヴューでもたびたび言及するほど重要な影響源のひとつと言っていい。

 独学でエレクトロニック・ミュージックの制作方法を身につけると、2017年にはデビュー・アルバム『Detail』をリリースした。この作品は、ロンドンを拠点とするDJ/プロデューサーのオブジェクト・ブルーがお気に入りに挙げるなど、高評価を受けた。ブルーがTwitter(現X)でハイパーダブを主宰するコード9に契約したほうがいいとツイートしたのは有名な逸話だ。それも後押しになったのか、2019年のセカンド・アルバム『For You And I』はハイパーダブから発表された。IDM、ドリルンベース、アンビエント、R&Bの要素が混在したこの作品は、クィアの黒人という背景を示した曲群が収められたものとして、多くの支持を受けた。Pitchforkを筆頭にさまざまなメディアで称賛され、ジェシー・ランザやテレフォン・テル・アヴィヴといったジェイムズがリスペクトするアーティストたちとの公演も実現した。

 『For You And I』でキャリアを花開かせたジェイムズは、さらに興味深い歩みを見せてくれた。2021年の3作目『Reflection』では、マンチェスターのラッパー/プロデューサーであるアイスボーイ・ヴァイオレットなど多くの仲間を招き、まだ広く知られていない才能を世に紹介した。続く2022年の4作目『Building Something Beautiful For Me』は、90年に亡くなった作曲家ジュリアス・イーストマンの楽曲をリ・イマジネーションしたという少々特殊な成り立ちのアルバム。ゲイの黒人として生きたイーストマンへの愛情が込められた流麗なエレクトロニック・サウンドを構築している。

LORAINE JAMES 『Gentle Confrontation』 Hyperdub/BEAT(2023)

 こうした歩みを経て世に放たれた今回のニュー・アルバム『Gentle Confrontation』は、過去作と同様にジェイムズのパーソナルな心情が滲むサウンドが印象的だ。本人いわく、〈10代の自分が作りたかったであろうレコード〉という内容で、過去と最先端が目まぐるしく行き交う白昼夢のような音の数々を楽しめる。テレフォン・テル・アヴィヴやドゥンテルといったジェイムスが聴いてきたアーティストたちのサンプルを随所で使いながら、みずからの記憶を辿る旅に聴き手をいざなう。ゆえに本作から聴こえてくるサウンドも実に多彩だ。シャーデーに通じる艶やかでたおやかなR&Bの“Speechless”、ジャズの香りを近未来的な電子サウンドで包んだ“Disjointed (Feeling Like A Kid Again)”など、曲ごとにカラーががらりと変わる。

 本作は言葉も魅力たっぷりだ。どこか詩的で幽玄なサウンドスケープを描いていく曲群と共振するように、散文詩的な歌詞は抒情性を巧みにアピールする。シンプルな言葉を多く用いて、複雑な感情の機微を示すという点では、ロンドンのシンガー・ソングライターであるアーロ・パークスのリリシズムと重なるところも少なくない。パークスもバイセクシュアルの黒人女性だから、ジェイムズと似た視点が目立つのだろうか?と思索してしまう言葉が耳に飛び込んでくる。

 本作は、先鋭的なエレクトロニック・ミュージックを纏ったポップソング集として聴ける作品だ。これまでは電子音好きの間で話題のアーティストというイメージも強かったが、よりポップスに近づいた本作を契機に、リスナー層の幅を広げるのではないか。そう思わせるだけの多面性を『Gentle Confrontation』は備えている。

ロレイン・ジェイムズの過去作と客演作を一部紹介。
左から、2019年作『For You And I』、2021年作『Reflection』(共にHyperdub)、2022年作『Building Something Beautiful For Me』(Phantom Limb/Plancha)、ホワットエヴァー・ザ・ウェザー名義の2022年作『Whatever The Weather』(Ghostly International)、ジェシー・ランザの2021年のミックスCD『DJ-Kicks』(!K7)、イェジの2023年作『With A Hammer』(XL)