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もっとも愛されたサックス奏者……ケニーGの子守唄

 押しも押されぬインストゥルメンタル・ミュージック史上最高のヒットメイカーとして、長らく安定したキャリアを歩んでいるサックス奏者のケニーG。ふわっと量感のある長髪のカーリーヘアをトレードマークにし、80~00年代にかけては基本的に自身を映した〈顔ジャケ〉がメインというキャッチーなヴィジュアルの作り方もあって、好むと好まざると彼の存在感は広くポピュラーなものだったはずだ。作風もソプラノ・サックスによる甘く切ない音色とメロディーのラヴソングが中心で、その時々の旬なR&Bシンガーたちを迎えたりもしながらスムース・ジャズ~アダルト・コンテンポラリーな楽曲作りを追求。その極みとなった92年の『Breathless』はグラミーの最優秀インストゥルメンタル作曲部門に輝き、インスト作品としては異例の1500万枚超のセールスを記録した。その反面、いわゆるコアなジャズ・ファンからは〈別物〉として扱われてきた人でもある。

 かつてはやや土俵が違う高名な演奏家から名指しで否定されたこともあり、2021年にもなって米HBO製作のドキュメンタリー作品「ケニーG -最も嫌われ最も売れたサックス奏者-」(凄い邦題だ!)が公開されたりもしたが、もちろん本人はそんな見られ方にも慣れっこなのだろうし、(当然ながら)ジャズ代表のような顔をしたり、何かの優位性をアピールしたりすることもない。いわゆる〈売れ線〉の音楽が評論筋に斜めから見られる傾向はどのジャンルにおいても00年代までは大きく存在していたのが、ストリーミング時代になって俄に世評が数字優先の耳にチューニングしたわけで、そんな時代になる前もなった後も安定して〈数字〉を得ているケニーGの〈凄さ〉は誰が見ても明らかなものということになる。そうした基準の置き方は最終的にそれぞれの受け手によって多様であるべきであって、いずれにせよ彼はマイペースにやりたいことをやり続けているのだ。

 そんなケニーは、不動の地位を築いたアリスタ時代を経て、2008年にコンコードに移籍。主にウォルター・アファナシエフと組んで、ラテン・ジャズを意識した『Rhythm & Romance』(2008年)から、ベイビーフェイスやロビン・シックを迎えた『Heart And Soul』(2010年)、インドの伝統楽器であるサントゥール奏者のラフール・シャルマとタッグを組んだ『Namaste』(2012年)、ブラジル旅行にインスパイアされてボサノヴァの要素を取り込んだ『Brazilian Nights』(2015年)、そして50~60年代のジャズ・バラードに着想を得たオリジナル曲を披露した『New Standards』(2021年)とマイペースにアルバムを発表。そうした存在感の揺るぎなさが新しい世代からは興味深く思えるのか、近年はウィークエンド“In Your Eyes (Remix)”への参加をはじめ、カニエ・ウェスト、アヴァンギャルド・メタル・バンドのインペリアル・トライアンファント、さらにはジョン・バティステの近作に迎えられるなど、また違う角度から注目を浴びているのもおもしろい。

KENNY G 『Innocence』 Concord/ユニバーサル(2023)

 そんな状況で届いた通算20枚目のオリジナル・アルバムとなる新作が『Innocence』だ。これは50年近いキャリアを持つ彼にとって初めてララバイ(子守唄)をテーマに掲げた作品となり、誰もが知っているであろう〈エーデルワイス〉や〈虹の彼方に〉、さらにショパンの〈子守歌〉などを取り上げ、オリジナルも7曲を収めた全12曲入りの作品だ。本作のリリースに際して彼は以下のようにコメントを残している。

 「子守唄は私にとって特別なものです。私の心の中で特別な位置を占めています。それはメロディーにあります。そのメロディーは美しく、時を超越していて、聴くたびに素晴らしい思い出が蘇ってきます。この親しみのある子守唄のコレクションをレコーディングできたことを大変光栄に思います。これらの時代を超えたメロディーを聴いて、素晴らしい思い出が蘇ったり、新しい思い出を作るきっかけになったりすることを願っています」。

 今回は長年のコラボレーターでもあるランディ・ウォルドマン(ピアノ/キーボード)とウィリアム・ロスと共に制作。ロンドンにある彼らのスタジオでレコーディング~オーケストラ・アレンジが行われ、ゲイル・レヴァント(ハープ)、ポール・ヴィアピアノ(ギター)らの最小限の面々による演奏もいつも以上にシンプルだ。穏やかな安息を約束するようなサウンドとメロディーは言うまでもなくこの季節の夜がよく似合う。タイムレスで優しい音楽に親しみながら遠い日に思いを巡らせるのもいいかもしれない。

ケニーGの近作を一部紹介。
左から、2021年作『New Standards』、2015年作『Brazilian Nights』、ラフール・シャルマとの2012年作『Namaste』、2010年作『Heart And Soul』、2008年作『Rhythm & Romance』(すべてConcord)

左から、ジョン・バティステの2023年作『World Music Radio』(Verve)、カニエ・ウェストの2019年作『Jesus Is King』(Def Jam)、インペリアル・トライアンファントの2022年作『Spirit Of Ecstasy』(Century Media)