2019.11.01

リリースに至るまでのゴタゴタはMikikiの連載〈Pop Style Now〉の第57回第61回に書かれているのでそちらに譲るとして、カニエ・ウェストの新作『Jesus Is King』が10月25日、ついにリリースされた。リリース日の当日になっても夜を徹して3曲のミキシングを続けていたことには驚くというか、あきれるというか……。だが、型破りなのはいつものことである。

全11曲、トータルで約27分というソリッドさ、短さは、2018年にカニエ・ウェストが関わった作品群(カニエ自身の『ye』やキッド・カディとの『Kids See Ghosts』などを含む5作)とよく似ている。本作の重要なエレメントとなっているのは、〈ゴスペル〉。反復による没入、トランスなどが重要なゴスペルにおいてこの短さ、ぶつ切り感は謎めいているものの、短いアルバムを何度もリピートすることでゴスペル的な高揚を感じられる、という感想を抱くリスナーもいるようだ。

LPの盤面を模した簡素で、厳粛でさえあるカヴァー・アートは、CDの盤面とプラスティック・ケースをむき出しにした『Yeezus』(2013年)のミニマルなジャケットとの対照性を感じさせる。LP盤とはすなわち、アナログ/非デジタルということ。 深読みすれば、〈日曜礼拝(Sunday Service)〉というライヴ・パフォーマンスの現場を重要視している現在のカニエの姿勢、本作を特徴づけるゴスペル・クワイアのパワフルな響き、そして神に救いを求める彼の生々しい感情とも無関係ではないだろう(彼の音楽そのものには多分にデジタルな要素が入っているものの)。

とはいえ……アルバム・タイトルに掲げられた〈Jesus Is King=神は王だ〉という宣言には、さまざまな宗教や神々が混ざり合って共存する国に生きる者として、なんとも言えないいたたまれなさを感じる。これまで主にアメリカのポップ・ミュージックを通してキリスト教文化に触れてきたつもりではあったが、ここまでド直球で来られると面食らってしまう、というのが正直なところ。そしてここには、柳樂光隆氏が指摘するように、ちょっと怪しげなニュー・エイジ的神秘思想、現代的なスピリチュアリズムの影も感じる。

1曲目の“Every Hour”を再生した瞬間、何かが破裂したかのようにクワイアによるコール・アンド・レスポンスが勢いよく耳に飛び込んでくるのに、まず驚かされる。再生と同時に一拍の間もおかずに歌声が飛び込んでくることから感じるのは、聖的なムードや厳かさ、あるいはゴスペルの高揚感よりも、むしろ余裕のなさ……。これも考えすぎだろうか。

2曲目の“Selah”は、カニエのがなるようなラップと、暴力的に打ち付けるビートでスタートする。クワイアによる〈ハレルヤ〉の反復とオルガンの響き、気まぐれに現れるシンセ・ベースはどこか不穏で、威嚇的すらある。

“Follow God”は、3曲目にして初めて従来のカニエらしさを感じさせるラップ・ソングで、〈Stretch my hands to you(あなたに手を伸ばす)〉というサンプリングが印象的。この〈手を伸ばす〉というモティーフは、前々作『The Life Of Pablo』(2016年)収録曲の“Father Stretch My Hands, Pt. 1”にも出てきている。実はこのフレーズは「ヨハネによる福音書」第21章からの引用で、イエスが自身のことを裏切ったペテロに〈私に従いなさい〉と告げる場面で登場するもの。カニエは、罪を犯したペテロに自分自身を重ねているのではないだろうか。苦悶の声か、断末魔のような叫びで2分にも満たない“Follow God”は強制的にシャットダウンされる。

ゴスペルとソウル・ミュージックの中間のような“God Is”で、カニエは明らかに自身のキーより高い声で途切れることなく歌ってるが、どうにも無理をしているように聴こえる。〈コーチェラ・フェスティヴァル〉で披露された“Water”のセカンド・ヴァースでは、〈主イエスよ、助けてください〉〈癒してください〉と繰り返す。これらを聴いていると、(「カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像」の解説で〈カニエ・ウォッチャー〉の池城美菜子氏が指摘していた)〈必死さ〉という言葉が思わず頭をよぎる。

〈このゴスペルを使いなさい、あなたの守護のために〉と歌われる“Use This Gospel”にはプシャ・Tとノー・マリスが参加しており、〈解散したクリプスが復活した!〉とラップ・ファンの間では話題になっている。しかし、Eフラットの単音が延々と鳴り響くなか、変調されたヴォーカルが背後を埋めている音像は、やはり不穏(“Closed On Sunday”や“Hands On”などで聴けるように、祝福感に勝る不穏さが本作の基調をなしているように感じる)。ケニー・Gのむなしい、虚無感を感じさせる(ヴェイパーウェイヴ的と言ってもいい)ソプラノ・サックス・ソロが、その印象をさらに加速させる。

ラップは悪魔の音楽だ、と牧師に明かしたカニエ。〈世俗の音楽はもう作らない、これからはゴスペルしかやらない〉と語ったカニエ。スタッフに〈婚外交渉をするな〉と命じるカニエ。〈疑う余地なく自分は人類史上最も偉大なアーティストだ〉と語るカニエ。尊大で、エゴイストで、そして神に従って生きることを決めたカニエの矛盾が『Jesus Is King』には詰まっている。

しかしながら渡辺志保氏が言うように、このアルバムや〈Sunday Service〉のパフォーマンスからは、ゴスペル・ラップやクリスチャン・ラップの流れ、ひいては黒人教会の音楽や文化を感じ取ることもできる(例えば、“Hands On”にはデトロイトのヴェテラン・ゴスペル・シンガー、フレッド・ハモンドが参加している)。そこに本作の豊かさを見い出すこともできるだろう。そもそもカニエは、デビュー・アルバムに“Jesus Walks”(2004年)という曲を入れていることからもわかるように、ずっとクリスチャンであったのだ。

クリスマス、12月25日(水)には新作『Jesus Is Born』を発表する、とカニエは言った。どんな作品になっているか、そもそも予定どおりクリスマスにリリースされるのか、私たちには何もわからない。

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