ストレートに恋愛を歌ったアルバム――異彩を放ってきたシンガー・ソングライターが歌心に溢れるポップソングに取り組んだ〈わかりやすい〉新作は、誰がために鳴る?

 シンガー・ソングライターの入江陽が、7年ぶりのニュー・アルバム『恋愛』を届けてくれた。2013年に初作『水』で注目を集めて以降、ネオ・ソウル~インディーR&Bと歌謡曲を繋ぐような独自の音楽性を確立してきた彼だが、今作はもちろんその延長線上にありつつ、思いのほかポップで人懐っこい。歌詞に目を向けても、従来のアブストラクトな言葉遊びの要素は後退し、よりわかりやすくなった印象だし、何より作品タイトルが示す通り、ストレートな恋愛ソングを中心に収録されているのは、これまでの捻りの効いた作風から考えると意外だ。

 「いまどき〈恋愛〉をテーマに打ち出すのはけっこう古風ですけど、個人的には恋愛リアリティー・ショーを観たり、オチのない恋愛与太話を聞いたりするのが好きで、いまはそういうものへの興味が強いんです。ソウル・ミュージックと恋愛やセックスの親和性といった部分もありますけど、自分はスキャンダラスだったり、人間の愚かしい部分やピュアさが発揮されるような、大衆的な恋愛に惹かれていて。例えば、恋愛で何かあった誰かが、ラーメン屋さんでふと流れてきた曲を聴いて、涙だか汗だかを流しながらラーメンを食べる。そんな楽曲を作りたいんです」。

入江陽 『恋愛』 Pヴァイン(2024)

 私小説的な色の強い楽曲と、恋愛している人たちを客観的に描いた楽曲が混在しているという本作。藤岡みなみをデュエット相手に迎えた恋の始まりを予感させる小品“とまどい”を皮切りに、シンリズムが編曲を手がけたフィリー・ソウル調の“気のせい”、名エンジニアとして知られるマリオ・カルダートJrからのオファーで実現したトリッピーなコラボ曲“ときめき”(入江いわく「気持ち良さ重視のふわふわしたメロディーをおもしろがってくれたみたいです」とのこと)、NONA REEVESの奥田健介のソロ・プロジェクト=ZEUSに歌詞提供した曲のセルフ・カヴァー“ごめんね”といったトピカルな楽曲が並ぶなか、ラブリーサマーちゃんが歌とギターで参加した“海に来たのに”は、誰しもの記憶の底に眠る恋の思い出を呼び起こすような、甘く気怠いドリーミー・ポップに仕上がっている。

 「ラッパーのLEXUZ YENさん(OGGYWEST)の楽曲を元に僕とラブサマさんが書き直した、海外のコライト文化を意識して作った楽曲です。ラブサマさんとは喫茶店でお互いの過去の恋バナをデカい声で話していたら、追い出された思い出があって(笑)。“海に来たのに”に〈忘れそうだけど 忘れていいや〉って歌詞があるんですけど、もし思い出を忘れたとしても出来事があったことは事実だし、〈忘れる/忘れない〉に物事の素晴らしさは依存しないと感じているんです。美しい思い出というのは、いまもマルチヴァース的に存在しているかもしれない。そういう個人の記憶に共振・共鳴したい気持ちが特に強い曲です」。

 歌録りやA&M系ソフト・ロック路線の瑞々しいアレンジを含めて完成していたものの、8年近くお蔵入りしていたというsugar meとのデュエット曲“道がたくさん”(作詞・作曲は石上嵩大、編曲は大沢健太郎が担当)で爽やかな別れを描くフィナーレも素晴らしく、今回のアルバムは入江のキャリア至上もっともポップで歌心に溢れた、街でふと耳にしたくなるラヴソング集と言えるだろう。

 「ゲーム音楽の仕事で、〈プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク〉にディレクターとして関わっているのですが、いろんなボカロPさんの楽曲に触れるなかで、素直でフレッシュな言葉や音楽としての強度に心を打たれることが多いんですね。好きな曲を歌ってネットに公開することで、その楽曲が広まっていく〈歌ってみた〉文化もすごく素敵だと思うし、いまはそういう真っ直ぐな表現や〈みんなで歌える歌〉に魅力を感じていて。今回、自分も〈恋愛〉というわかりやすいテーマに挑戦したけど、それでも自分の音楽は崩れなかったし、逆により自分らしさが出たと思う。今後も金太郎飴のようにしつこく〈恋愛〉をテーマにした作品を作りたいし、今作はその宣言の気持ちが強いです。将来的には、恋愛リアリティー・ショーの後ろでワーワー言っているコメンテーターのひとりになりたいですね(笑)」。

入江陽の過去作と近年に参加した作品を一部紹介。
左から、2017年作『FISH』、ZEUSの2021年作『ZEUS』(daydream park)

『恋愛』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、藤岡みなみ&ザ・モローンズの2016年作『まるで、』(Chuo Line)ラブリーサマーちゃんの2020年作『THE THIRD SUMMER OF LOVE』(コロムビア)、sugar meの2020年作『Wild Flowers』(WILD FLOWER)

 


EVENT  INFORMATION
入江陽『恋愛』リリース記念 ミニライブ&サイン会
2024年4月6日(日)東京・タワーレコード渋谷店 6F TOWER VINYL SHIBUYA
時間:15:00~
出演:入江陽(ボーカル、キーボード)、小金丸慧(ギター)
イベント詳細:https://towershibuya.jp/2024/04/06/193759

2024年4月13日(土)タワーレコード梅田NU茶屋町店 6F
時間:14:00~
出演:入江陽(ボーカル、キーボード)、小金丸慧(ギター)
イベント詳細:https://tower.jp/store/event/2024/4/096003

※ミニライブ、サイン会の参加方法は各店のHPをご参照ください