12人の作曲家による〈音と言葉〉の深奥に迫る曲たち
『オトコト』というタイトルは、〈音と言葉〉というアルバムのコンセプトを直裁に表わす。現代音楽のスペシャリストとして縦横無尽に活躍するバリトン、松平敬の4枚目となるソロ・アルバムは、全編にわたって声のみ、あるいは声とピアノのみで構成された2枚組。〈音と言葉〉の関係性にあらゆる角度から問題意識を投げかけ、実験を繰り広げる作品が収録されており、超人的なテクニックでどんな難曲も歌いこなす松平のために書かれた作品も数多く含まれる。
〈それ、超ヤバいよね!〉という松平敬自身の訳がつけられた松平頼曉“イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア!”からはじまる〈CD 1〉には、無邪気なまでの好奇心で 〈音と言葉〉の深奥に迫る曲たちが並ぶ。萩原朔太郎の短編小説を題材に、音、リズム、言葉をすべて駆使してファンタジー世界を描いた西村朗“猫町”、〈鉄筋コンクリート〉という言葉の持つ語感を、声とインダストリアルな素材を用いて音化した山本和智“アンダンテ・オッセシーヴォ”。高橋悠治“母韻”が悠久の時間が流れるいにしえの言葉のように聞こえたかと思えば、鈴木治行“口々の言葉”では音符となった言葉が雨のように降り注ぐ。
いっぽう〈CD 2〉は、歴史的なテキストをもとに作られた音楽が収録されている点において、より〈歌曲〉に近いかもしれない。〈あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月〉という12~13世紀の明恵上人の和歌に宿る狂気を見事に音楽にした新実徳英“魂舞ひ”、中川俊郎“マタイによる福音書 第7章3-5節”では、当該テキストの要となる〈見ない(non vides)〉 という言葉にゾクッとする仕掛けが施されている。佐藤聰明の歌曲集“死にゆく若者への挽歌”は、ガラス細工のようなピアノの上で、抑制されたバリトンが生と死のあわいを見つめる。
12人の作曲家の、多彩きわまる作品からなる松平敬のショーケース、あっという間の2時間だった。
LIVE INFORMATION
低音デュオ第16回演奏会
2024年4月24日(水)すみだトリフォニーホール小ホール
開演:19:00
出演:松平敬(バリトン)橋本晋哉(チューバ)
■曲目
向井航:アイム・ヒア(初演)/篠田昌伸:怪獣その他(初演)/松平頼暁:ローテーションI、III ほか