作曲家/演出家の額田大志が率いるコンテンポラリーポップバンド・東京塩麹が活動開始から昨年で10周年を迎えた。ミニマルミュージックを人力で演奏する器楽アンサンブルとして2013年1月に初めてライブを行って以降、これまで3枚のアルバムと1枚のEPおよびミニアルバムをリリース。中でも最新作となるサードアルバム『Goodbye』(2023年)は国境を超えて評判を呼び、インディーミュージックにスポットを当てる台湾の音楽アワード〈金音創作獎〉で〈亞洲創作音樂獎(ベストアジアンクリエイティブアーティスト賞)〉にノミネートされた。

音源のみならずライブにも趣向を凝らし、ジャンルを超えたコラボレーションのほか〈完成しない曲を作ること〉を掲げたライブシリーズを開催するなど、ユニークな試みを続けてきた東京塩麹。10年間の活動で彼ら彼女らはどのような道のりを歩み、そしてこれからどこへ向かうのか――SPACE SHOWER MUSICに移籍してリスタートを切った東京塩麹の中心人物・額田大志に話を訊いた。


 

常田大希、石若駿、江﨑文武らが集った人力ミニマルバンド

――そもそも東京塩麹というバンドはどのような経緯で結成に至ったのでしょうか?

「最初はスティーヴ・ライヒが作曲した“18人の音楽家のための音楽”(74〜76年)の完全な影響下でスタートしました。

それまで僕はいわゆるロックバンドをずっとやっていて、下北沢屋根裏などのライブハウスで活動していたんです。けれど大学に入ってからそのバンドが上手くいかなくなり、もっと自分主導のバンドを新しく作りたいと思うようになりまして。

当初の東京塩麹はラージアンサンブルのように、私の作った曲をメンバーに演奏してもらうプロジェクトでした。それで大学の知り合いやジャズ研の繋がりなどを通じて集めたメンバー計18人で最初にライブをやったのが2013年1月です。

2017年頃に今の8人のメンバー――額田大志(作曲/シンセサイザー)、渡辺南友(トランペット)、渡健人(ドラムス)、初見元基(ベース)、中山慧介(ピアノ)、渡邉菜月(トロンボーン)、テラ(ギター)、高良真剣(パーカッション)――に落ち着いたんですが、それまでは入れ替わり立ち替わりいろいろなミュージシャンがサポートで参加してくれて。過去にドラマーの石若駿やWONKのピアニストの江﨑文武、あとKing Gnuの常田大希がチェロで参加してくれたり、ジャズサックス奏者の中山拓海やクラシックバイオリン奏者の戸原直、シンガー/トラックメイカーのermhoiやサウンドアーティストの細井美裕など、参加ミュージシャンを数えると延べ100人以上はいます。ちょっと変わった音楽好きが集まるコミュニティみたいな感じにもなっていました」

――ものすごいメンバーですね。ともあれ、バンドの出発点にスティーヴ・ライヒがあったと。

「そうです。あと、ライヒのほかにもう一つ東京塩麹がすごく影響を受けた音楽があって、それがドイツのブラント・ブラウアー・フリックという3人組のユニットでした。基本は電子音楽のトリオなんですが、彼らが10人程度の編成でクラシックの器楽アンサンブルのような形でライブをやるブラント・ブラウアー・フリック・アンサンブルというユニットがあって。ジャーマンテクノ寄りのミニマルミュージックというか、それを大編成でしかも生演奏でやるということに大きな刺激を受けました。

人力ミニマル系のバンドというと、どちらかというと小編成が多いじゃないですか。ブラント・ブラウアー・フリックも基本はトリオですし、オーストリアのエレクトロ・グッツィや京都の空間現代もトリオで。だけど東京塩麹は大編成なので、3人ないし4人ではできないことをやるにはどうしたらいいだろう、ということは最初からすごく考えていました。

人数が少ないと、一つのアイデアを突き詰めて展開させていくストイックな面白さが出てくると思うんです。けれど大編成であれば、もっと曲の構成や構造を練っていくことができる。それはあくまでも楽譜で曲を書いているからこそできることでもあるので、作曲段階で構成や構造を極めることを東京塩麹の強みにしたいという思いがありました」

 

セッションではない構築された抑制的アンサンブル

――つまりセッション的に音楽を作るのではなく、あくまでも譜面による作曲ならではの音楽を作ろうと考えていたということですか?

「はい。セッションのようにはしない、ということは最初から決めていました。セッションが主体の人力ミニマル系バンドだとザ・ネックスとか、ミニマル以外の要素も強いですがE.S.T.とか、いわゆるジャズ寄りの音楽に多いですけど、そういう感じにはならないようにしようと。

というのも、僕以外のメンバーがほぼ全員ジャズを通ってきているので、そうするとセッション的な演奏はすぐにそれっぽくできてしまうんですね。そうではなく、もっと1音1音を鳴らす理由をちゃんと考える方向にしたかった。セッションで高揚する気持ちよさではなくて、むしろそれを抑制することでアンサンブルとしてしっかり構築したかったんです」

――ジャズではないにせよ、額田さん自身も、たとえばサンティアゴ・バスケスのハンドサインを使ったパーカッションアンサンブル・LA SEÑASに参加するなど、即興的なセッションにも取り組んできていますよね。ある意味でそれとは正反対をいくような、あくまでも譜面によって構造を緻密に決める方向性を取ったのはなぜでしたか?

「むしろ、即興のアンサンブルに参加したことで譜面の有効性みたいなものをあらためて意識するようになりました。自分の癖として、即興演奏をするとついつい盛り上げてしまうというか、お客さんと一緒に一つのカタルシスに向かってしまいます。

もちろんお客さんを盛り上げるだけでない即興のやり方も多々あるのですが、結成当時はそうした様々な即興の可能性を追う方向ではなく、自分の演奏が、主体的にカタルシスから逃れられる方法を考えていました。抑制した先に何か面白いことが起きるんじゃないかという感覚があって、一つのカタルシスに向かうのではない、別のゴールへ到達するためには譜面に曲を書くことがまだまだ有効だなと」

 

リトミック、ロック、フュージョン……額田大志のルーツ

――東京塩麹を結成する前、別のバンドを組んでいたとのことですが、担当楽器は今と同じくキーボードですか?

「いや、実はドラムをずっとやっていました。中学時代に初めてバンドを組んで、イエモン(THE YELLOW MONKEY)のコピバンだったんですが、その時からずっとドラマーでした」

――そうだったんですね。中高時代はどんな音楽が好きでしたか?

「イエモンのほかは、ユニコーンとTHE BLUE HEARTSが好きでした。特にユニコーンは大好きで。バンドというものがカッコいいなと思った最初のきっかけもユニコーンです。みんなで楽しそうにやってる感じがいいなと。ユニコーンってそれこそビートルズみたいに、みんなで曲を作ってみんなで歌って、レコーディングでもNGテイクをあえて使ってみたり、いろんな実験的な遊びを取り入れているんですよね。そういうことに憧れがあったので、ユニコーンは僕にとってバンド活動の原体験みたいなものなんです」

――ドラマーとしての活動はいつまで続けていたのでしょうか?

「大学のはじめくらいまでは、プロドラマーも目指していたんですよ。けれど、(東京藝術)大学で出会った石若駿など、圧倒的なプレイヤーをたくさん見て、これは敵わないと思って諦めました(笑)。高校の時も自分では追いつけないようなドラマーがいて、ドラムを叩いてるだけだとヤバいかもしれないと思い、それで作曲をやり始めて大学も作曲を学ぶために入ったんです。でも入学したばかりの頃はまだドラムを頑張ろうと思っていました。が、やはり、僕には無理だなと(笑)」

――なるほど。しかし、ドラマーとして活動し続けていたということは、昔からリズムに興味が?

「そうですね。今思い返すとですけど、実家がリトミック音楽教室をやっていて。リトミックって、ざっくり言うと音楽に合わせて体を動かす教育方法なんですが、カリキュラムがいろいろと複雑で、小学5年生くらいからクロスリズムに取り組むんです。右手は3拍子で叩きながら左手は2拍子で叩く、みたいなことを親に言われるがままやっていて、それでなんとなくリズムに興味があってドラムを始めたところもあります。

中学生なのでそもそもドラムを担当したがる人がいなかったというのもありますけど、でも、全然抵抗なく叩き始めてハマっていきました」

――ドラマー時代に憧れていたミュージシャンはいましたか?

「最初に憧れたのは、ベタですけど菅沼孝三でした。中学の時に教則本を買って。とにかくバカテクなドラマーが好きでした。

その流れで大学時代も1年だけですがフュージョンサークルに入ったんです。早稲田のフュージョンマニアです。その頃はデイヴ・ウェックルが好きでしたね。フュージョン系で手数多めなドラマーが当時はすごいカッコいいなと思って聴いていました」

 

シンプルなものをどう配置するか? ライヒの衝撃

――そうすると、スティーヴ・ライヒはどのようなきっかけで聴き始めたのでしょうか?

「わりと王道かもしれませんが、中学生の頃にPerfumeが流行っていて、エレクトロニックミュージックがあることを知り、ケミカル・ブラザーズを聴き始めて。そこからレディオヘッドの『Kid A』(2000年)に辿り着いて、その後、オウテカも聴くようになり。そこでどうやらアンビエントやミニマルミュージックというものがあるらしいと知って、ブライアン・イーノ、スティーヴ・ライヒに行き当たった感じです。

なので高校生くらいからライヒの音楽は聴いてはいたんですけど、特別に入れ込んでいたわけではなくて。熱心に聴くようになったのは大学に入ってからでした。ダンスカンパニーのローザスの映像を授業で観たんですね。有名な、ライヒの音楽で踊る『ファーズ』(82年)という作品です。それでものすごく感動して。

それと、やっぱり大学の授業で、街の音のサンプリングを取り入れたライヒの“シティ・ライフ”(95年)を聴いて、どこかプログレバンドっぽくて、めちゃくちゃカッコよくて。その頃からライヒにどんどんハマっていきました」

――ライヒと言えばミニマルミュージックの大家ですが、ミニマルミュージックのどのようなところに魅力を感じましたか?

「最初にミニマルミュージックにハマった時は〈これでも音楽になるんだ〉という衝撃が大きかったです。特にライヒの“クラッピング・ミュージック”(72年)がそうですけど、シンプルに手を叩きながら組み合わせを徐々にズラしていくだけで曲が成立してしまう。そうしたことは今でも面白いなと感じます。

シンプルなものをいかに配置するか。要素要素を取り出すととてもシンプルな行為なので、“クラッピング・ミュージック”のように、複雑なことができる技術がなくても自分のパートはこなせてしまう。けれど、それらの要素を上手く配置することで美しさが生まれる。そうした配置の面白さは東京塩麹でも追求したいと思っています」

――ライヒのほか、テリー・ライリー、フィリップ・グラス、ラ・モンテ・ヤングもミニマルミュージックの巨頭として有名ですよね。その中でも特にライヒが好きだったのはなぜですか?

「やっぱりその4人の中だとリズムが一番フラットだからじゃないかなと。“クラッピング・ミュージック”のシンコペーションとか、ああいうノリをフラットに見せていく感じって、旋律の抑揚を重要視する古典的なクラシック音楽ではあんまりないと思うんです。自分の中ではむしろテクノやロックっぽい感じがある。それで、僕自身もそれまでやってきた音楽と直結してると感じました。

ノリ的にロックやポップスにすぐに引用できるようなところがライヒの音楽にはあって、その親和性の高さが一番大きかったかなと思います。和音の使い方もポップスと通じるというか、いわゆる〈456進行〉とか〈丸サ進行〉みたいなコード進行を使うことがありますよね。もちろんライヒにもいろんな曲があって、作曲の思想的な文脈もたくさんありますけど、そうした音楽的な親和性の高さと、何より聴いた時の純粋なカッコよさに魅了されました」

 

〈TOKYO SHIOKOUJI FACTORY RELEASE PARTY〉(2017年)

卒業制作のような『FACTORY』と心残り

――東京塩麹の結成後は主にどのような活動をされていましたか?

「最初の頃は自主企画のイベントが多かったです。自分が好きなアーティストを呼んで出ていただいて、スガダイローさんとかU-zhaanさんとか、ロックバンドのSEBASTIAN Xとか。それがきっかけで繋がりが広がって。だいたい2年ぐらい自主企画を続けて、徐々に知り合い伝手に声がかかってライブに出るようになっていきました。

2015年に初めて音源を出して、それが『21世紀の塩麹』というミニアルバムなんですが、ダウンロードコードをビン詰めにしてヴィレッジヴァンガードで販売しました(笑)。〈面白いからやってみようぜ〉みたいなノリで2〜3年ぐらいは続けていましたね。けど、一緒にやってきたメンバーが就職したり、大学院に進学したりと、だんだんみんなの環境が変わり始めて。このままで本当にいいだろうか、これからどうしようかなと思い始めていたちょうどその時期に、ファーストアルバムを出すことが決まったんです」

――ディスクユニオンが主催した〈DIVE INTO MUSIC. オーディション2016〉に合格してリリースが決まったのが『FACTORY』(2017年)ですよね。アルバム自体はオーディション前から制作していたのでしょうか?

東京塩麹 『FACTORY』 dim up(2017)

「大半の曲はすでに揃っていました。ただ、編成的にも生楽器で人数が多いですし、予算がしっかりつかないとちゃんとしたスタジオでレコーディングするのは難しいなと思っていたんです。なので予算面がクリアできたことは大きかった。

『FACTORY』には既存曲をアレンジし直したものが中心ですが、2曲だけ新しく作って収録しました。コンセプトを考えて制作したというよりは、僕としては卒業制作のような感じもありましたね」

――アルバム後半には“そこはか”という組曲がありますが、この一連の4曲はそれぞれスティーヴ・ライヒ、パット・メセニー、ブラント・ブラウアー・フリックに応答しつつ、最後は東京塩麹のオリジナルな音楽を打ち出すという、額田さんなりのミニマルミュージック史観をバンドとして示すような流れにもなっていました。

「今振り返ると、もっとやれることがあったなとは思います。当時はやっぱり大学生の頃に聴いていたミニマルミュージックに留まっていて。

今やミニマルミュージックと言ってもめちゃくちゃ幅広いじゃないですか。ライヒのような現代音楽の流れがありつつ、ミニマルテクノやミニマルなBGMなど、〈ミニマルっぽいもの〉がいろいろな場面でいろいろな使われ方をしていて。

当時はあくまでもそのごく一部の中から、ミニマルな要素を一連の組曲として閉じ込められないかということを試みたのが“そこはか”でした」

 

〈De Beren Gieren Japan Tour 2019〉(2019年)

8人のバンドだからできる音楽を追求した『YOU CAN DANCE』

――「今振り返ると、もっとやれることがあった」とのことですが、今あらためて額田さんなりのミニマルミュージック史を編むとしたら、どのような音楽にしたいと思いますか?

「『FACTORY』を振り返ると、当時の東京塩麹はダンス寄りのミニマルミュージックをあまりやってこなかったなという思いがありました。ライヒ的なミニマルミュージックは、どちらかというと集中的に聴取するタイプの音楽ですよね。コンサートで客席に座って構造を楽しむというか。一方でクラブやライブハウスでスタンディングで楽しむようなタイプの音楽があって、同じライブでも、それぞれで求められる演奏や表現のスキルが違うなということをここ3〜4年ですごく感じていて。

クラシカルなコンサートの楽しみ方ではなくて、もっと単純に踊れるとか、キックの4つ打ちがカッコいいとか、そういう音色やリズムのシンプルさ。音数が少なくても踊れて、頭ではなくより身体で感じられる音楽のあり方。そのあたりを『FACTORY』ではあまり考えていなかったので、今作るとしたら、より身体で感じられる音に特化したミニマルミュージック史を編んでみたいなと思います」

――セカンドアルバム『YOU CAN DANCE』(2018年)は、タイトルにも表れているように、まさにダンス寄りのミニマルミュージックにアプローチするものでもありました。それは今おっしゃったような意識の変化が出たということでしょうか?

東京塩麹 『YOU CAN DANCE』 dim up(2018)

「そうですね。あと、『FACTORY』でプロジェクトベースのバンドとしては一旦終わり、8人編成に落ち着いたので、これからは8人でできることをやっていこうという思いもありました。『FACTORY』はそれこそクラシカルなオーケストラを彷彿させる編成で、弦楽器もあれば金管楽器や木管楽器もあって、いわばゴージャスな器楽アンサンブルだったんですが、8人編成になることで〈自分たちはバンドだ〉という意識が強くなってきたんです。だからダンス寄りでアプローチするという以前に、バンドだからできる音楽を作ろうということが『YOU CAN DANCE』の時は大きかったです」

――2019年のEP『live well』はまた新たな展開と言いますか、いわゆるドローン的なアプローチも入っていて、それまでの反復的なミニマルミュージック主体の音楽とは異なる曲調が印象的でした。額田さんとしては『live well』はどのような位置づけにある作品なのでしょうか?

東京塩麹 『live well / tiny journey』 dim up(2019)

「セカンドアルバムの『You Can Dance』を出したあと、ちょっとリスナーやライブを意識しすぎたという反省があったんですね。聴きやすくしようとか、踊れるようにしようといった直接的なアイデアを、わりとダイレクトに入れすぎてしまったかなと。なのでもう1回、自分たちを基準にして音楽をつくる、つまり素直にやってみようと思いまして。

EPであればカジュアルなフォーマットなので、アルバムの中に入れづらい曲でも出してみることができる。ドローン的なアプローチはアルバムだとなかなか入れどころが難しいんです。全体的にリズムがしっかりした曲が多いので、音楽の流れが止まってしまう感じがするというか。それでEPとして、とにかく僕らが面白いと思う音楽に振り切った作品を出しました」

 

〈完成しない曲〉を作る

――2019年から、東京塩麹は〈ジャーニー〉と題した単独ライブシリーズを断続的に開催してきました。このシリーズは〈作曲のプロセスを見直すこと=完成しない曲を作ること〉を起点に制作しているとのことですが、なぜこうした試みを行うことにしたのでしょうか?

「作曲を続けているうちに、周りのプレイヤーに恵まれたこともあって、自分がやりたいイメージがある程度は実現できるようになってきてしまったんですね。もちろんそれはそれでいいことではあるんですけど、そこに自分が全く予期しない要素を入れたいと思うようになってきて。譜面を使った作曲というのはどうしても個人作業になりがちなので、そこに自分の想定しないものをどうしたら取り入れることができるだろうと。東京塩麹としてというよりは、僕自身の作曲との向き合い方を変えたかったというか。

〈ジャーニー〉シリーズはこれまで横浜、金沢、渋谷と3公演を開催してきて、土地を巡るごとに同じ曲でも毎回必ず、その土地の要素を含めてアレンジを変えていくというルールを設けてパフォーマンスをしてきました。その変え方も必ずしも僕が自分で手を加えるのではなくて、バンドメンバー以外の参加者によって変化するというやり方にしています。

金沢公演(2022年2月)の時は、金沢21世紀美術館で作曲のワークショップを行い、その参加者から生まれたアイデアを取り入れたり、渋谷公演(同年8月)の時は建築家の渡邊織音さんに参加していただいて、渡邊さんが渋谷の街並みをモチーフに作った自作楽器を使ったり。そうすると、僕自身の手癖であるとか、1人で作曲していると出てこないようなアイデアが加わって、自分では辿り着けなかった曲にどんどん変化していくんですね」

――作曲をしつつも全て管理し切らず、第三者のアイデアを取り入れて変化させるという、ある種ユニークな考えに至ったのは何かきっかけがあったのでしょうか?

「どちらかというとバンドシーンではなくて、演劇ないしパフォーミングアーツの現場に参加するようになった影響が大きいです。やっぱり音楽への考え方が全く違うんですよ。

東京塩麹のような音楽は楽譜を読める人が集まらないと演奏できないし、仮に楽譜を使わないバンドでも、基本は楽器が最低限できる人の集まりではあるじゃないですか。みんな、時間をかけて培った技術を持っているというか。

だけどパフォーミングアーツの現場では、時に歌が専門でない俳優やダンサーも歌ったり、普段アーティストではない人が参加することも当たり前のようにある。たとえば中学の音楽の授業以来に楽器に触れる市民の方々と一緒に作品を作るなど。

そうした様々な前提条件の中でどうやって音楽を構成するか。演奏や譜面の読解といった、ある固定の技術に頼らずにできる音楽を、俳優やダンサー、時には参加してくれる市民、スタッフの方々と現場で相談しながら作っていく。そうすると、アイデア一つとってもバンドシーンやクラシックの中で大切にされている音楽とは、考え方も作り方も全然違う角度のものがどんどん出てくるんですね。そういう現場をたくさん体験したこと大きい気がします」

 

パフォーミングアーツだからできること、音楽だからできること

――パフォーミングアーツからの影響というのは、2016年に演劇カンパニー〈ヌトミック〉を結成し、いわゆる演劇のフィールドでも活動してきたことから得た経験ということでしょうか?

「そうです。その経験があったからこそ、音楽、とくにバンドシーンの中にいるだけでは見えてこないことが見えたり、逆にバンドをやっていたからこそ感じるパフォーミングアーツ界に特有のことに気づいたりもしました。

たとえばバンドだと、ライブ会場を何日も借り切ってリハをすることはほとんどなくて、ライブハウスであればプロでも直前に音合わせをして本番、というのは割と普通なことだと思います。けれどパフォーミングアーツの世界だと、むしろじっくりと時間をかけてリハをする方がデフォルトで、そうすると一回のリハーサルでは拾い切れないものが出てきたり、やっているうちに思いもよらない方向に転がっていったりすることもある。当初の目的からずれた変化を許容するための時間がちゃんとある。だからそうしたパフォーミングアーツならではの面白い部分をバンド側にも取り入れていきたいなとは思っていて、長い目で東京塩麹でも実践していけたらなと。

それと演劇の興行だと当たり前ですが、一つの公演で同じパフォーマンスを何日間か連続で行うんですね。昼と夜で1日に2回行うことも普通で、そういう何度も再現可能な時間の流れを、音楽のライブで実現するのはどうするかとかはすごく考えるようになりました。過去には東京塩麹でも同じライブを2回繰り返す公演〈リフォーム〉を開催してみたり、それこそ単独公演〈ジャーニー〉を一つの演目してシリーズで続けてみたり。単純に曲を順番に演奏するだけではなくて、どういう時間の流れを作ると、お客さんにどんなふうに伝わるのだろう、と」

――音楽のフィールドと演劇のフィールドだと、制度的な側面も含めて違いを感じることが大きいですか?

「はい。音楽と演劇だと見えている世界が違う感じがするというか、一つは単純に規模感による作品の届けかたの違いでしょうか。音楽はストリーミングサービスというプラットフォームがあるので、音源を出すことがそのままグローバルに作品を発表することに、結果としては繋がると思います。

一方パフォーミングアーツは、どうしても見る人数が限られるので、そもそもプラットフォーム的なものを自分たちで作るところから始めるような感覚があって。不特定多数の大衆に届けるのではなくて、お客さんを開拓する感覚です。実際に今、パフォーミングアーツの世界だと、東京以外の土地で、自ら文化を開拓していくようなアーティストも多いと感じます。平田オリザさんが兵庫県豊岡市に拠点を移したのが象徴的ですけど、特定の土地を拠点に自分たちで文化を育んでいく。そもそも劇場から自分たちで作っちゃうみたいな。そういう、いわゆるインディペンデントなやり方がパフォーミングアーツでは一つの大きな動きとしてあり、そうした姿勢はとても憧れます」

 

〈ジャーニー 横浜→(ソウル)→金沢→渋谷〉(2022年)

『Goodbye』での再スタートと10年の経験を経た原点回帰

――活動開始から10周年となる2023年にリリースしたサードアルバム『Goodbye』は、セルフプロデュースで制作した作品とのことですが、どのようなテーマがありましたか?

東京塩麹 『Goodbye』 SPACE SHOWER(2023)

「僕の中のコンセプトとしては〈ストレートに作ろう〉という思いがありました。

東京塩麹を結成してからの10年間は、いろいろと悩み続けた時間でもあって。悩みというのは、単純にどうしたらバンドがより多くの人に聴いてもらえるのかとか、どうやったら夏フェスから声がかかるとか(笑)、言ってしまえば音楽とは関係ない部分の悩みですね。あの手この手で10年間、自分たちで試行錯誤してきて。

それがコロナ禍で一旦ストップしてしまい、でもそれがあって、あらためてシンプルに音と音の組み合わせを、素直に楽しむように作曲に向き合う時間ができて、結果『Goodbye』として形になりました。

音楽と演劇の違いというか、パフォーミングアーツの面白い部分をどうしたら音楽のフィールドに持ち込めるかということも、個人としては考えてはいます。ただ、そうした別のジャンルからの発想は一旦おいて、もっと単純に音楽の持つ響きや構造に立ちかえる。そうした面白さを見落とさないようにしたいと思いました。腕を組んで集中的に聴く音楽がある、身体で踊れる音楽がある、聴いていると何回も聴きたくなる音楽もある。

結成から10年、いろんな経験を踏まえた上で、あらためて音と音の並びの美しさ、構造の綺麗さを楽しむ、といったバンドの結成当初の気持ちをシンプルに追求しようと」

――タイトルの『Goodbye』にはどのような意味を込めていますか?

「10年もバンドを続けていると、マンネリではないですが、ある種の停滞感というか、進まなさみたいなものを感じるようになってしまって。けれどバンドは続いていくし、これからも過去の作品とは違うものを作っていきたい。昔の東京塩麹の活動であるとか作品に対して一旦区切りをつけて、また新しくリスタートを切りたいという思いから『Goodbye』というタイトルにしました」

――『Goodbye』の制作中はどんな音楽を聴いていたのでしょうか?

「一番聴いていたのはバトルスですね。それとフアナ・モリーナ、ザ・ノーツイスト、スーパーオーガニズム、ポップ・グループなど。

あと、あらためてYMOを聴いていました。10年経って耳も変わってきている感じがあって、同じYMOの曲でも、今聴くとベースラインの作り方とかシンセの音色に興味がいくようになりました。僕自身、プレイヤーとして最近はシンセの扱いに慣れてきたこともあって、昔に比べると音作りにより意識が向いてきたというか。そういう意味では『Goodbye』ではドラムやシンセの音作りに特にこだわっているところがあります。

あとは最近、あらためてポストクラシカルに興味が出てきてすごい聴いています。音色面もそうですし、東京塩麹ではほとんど出てこないメロディーも音楽の要素として大事だなと思うようになってきて、そういった音楽を構成する視点からあらためて聴くようになりました。ピアニストのハニャ・ラニとか、あとマックス・リヒターやニコ・ミューリーあたりが特に好きですね」

――この10年間を通じて、作曲の仕方には何か変化はありましたか?

「作曲方法も変わりました。昔は全て譜面に書いて作曲していたんですが、最近は譜面に加えてシンセをDAWで重ねて作曲するようになりました。

譜面でできることとDAWだからこそできることって違うじゃないですか。譜面は音色面でとても弱くて。同じドミソでも音色によって全然違ってくるので、そこは譜面というフォーマットの限界だなと。特にシンセの音色の違いは譜面ではなかなか作れないんですよね。その辺りは知り合いの作曲家からアドバイスを受けつつ、DAWを併用しながら制作するようになりました」

 

〈東京塩麹 3rd Album “Goodbye” Release Live〉(2023年)

東京塩麹のこれから――〈音楽で踊る〉と〈東京のリアリティ〉

――結成10年を経て、東京塩麹としては今後どのようなことを実現したいですか?

「今は〈音楽で踊る〉ということにとても関心があります。踊れるとはなんだろうと考えると、かなり深いなと思っていまして。

先日、渋谷のオールナイトのクラブイベントに行った時、DÉ DÉ MOUSEさんがDJでフロアを沸かせていたんですよね。それを観てめちゃくちゃ踊らせるのが上手いなと感激して。東京塩麹でこういうことをやるにはどうしたらいいのだろうと。バンドの演奏で観客をここまで踊らせるのはなかなか難しいなと。

2022年の東京塩麹のツアーでは、京都メトロやCIRCUS TOKYOといったクラブ系の箱でもライブをやったんですが、お客さんが踊るというよりも、じっくり聴いてくれている印象が大きくて。東京塩麹の音楽でお客さんを踊らせるにはどうしたらいいのか。でも、これは単純に体を揺らして踊るのがよいわけではなくて、集中して聴くことと、もっと身体で感じることのバランスをライブの中でどう作っていくか、ということかとも思います」

――〈音楽で踊る〉ということを追求していきたいと。

「そうですね。やっぱり音楽のいいところの一つとして、考え方とか価値観が違っても同じ空間を共有できるということがあると思っていて。それはとても大事なことでもあるなと。パフォーミングアーツも大好きな身としては、演劇やダンスがどうしてもクローズドなカルチャーになってしまいがちな点が勿体無いと思ってますけど、音楽にはそうではない、よりオープンな可能性があるというか。

僕としても細かい作曲の作業と同じくらい、音楽のライブのカジュアルさはとても好きなんです。不特定多数の人たちがお酒を飲みながらわちゃわちゃしているみたいなカルチャーにずっと憧れがあって。ただ、そういうふうに音楽を聴きながら踊って楽しむというとても基本的なことが、実際にはアーティストの様々な試行錯誤の上に成り立っているんだなという気がしていて、そこの作り方にすごく興味があります」

――そうした興味の中には、現代音楽からテクノまで踏まえた上での、人力ミニマルミュージックの新しいあり方を提示したいという思いもあるのでしょうか?

「音楽的な新しさというよりは、東京らしさとはなんだろうということを最近はすごく考えるようになりました。

これまでいろんな国のアーティストと現場で一緒になったのですが、ある時フィリピンのアーティストがドゥテルテ政権に対するアンチテーゼを掲げた演劇作品をやりたいと話してくれたことがあって。ちょうど〈麻薬戦争〉で市民を虐殺していたこともあり、彼はそうした社会を変えたいと。

それを聞いて、当然やるべきテーマだと思って取り組んだんですけれど、僕と彼のもつリアリティの差について、考え込んでしまったんですね。東京に住んでいる以上、フィリピンのリアリティは正直、全くわからない。ただ、その時は、その差を埋めていくのが作品にできることだと思いました。そしてもう一つ、自分のリアリティ、つまり東京の社会状況の中で音楽を作るとしたら、一体何ができるのだろうかとも。

海外に行くと、やっぱり日本はアニメや漫画の国というイメージが大きいんだなとつくづく思うんですが、他にも魅力的なカルチャーや、目前の問題はたくさんありますよね。その中で、東京を拠点に活動しているバンドだからこそ直面するリアリティをもっと音楽に反映させていかなければいけないなと。それは〈音楽で踊る〉と同じくらい、考えれば考えるほどわからないことでもありますが(笑)、それだけ探る価値があるなとも思うんです」

 


LIVE INFORMATION
Encounter
2024年5月11日(土)東京・渋谷 WWW
開場/開演:16:45/17:30
出演:Shallow Levée/細井徳太郎とタコ足イヤホンズ/東京塩麹
チケットはe+で発売中
https://eplus.jp/sf/detail/4060350001-P0030001

 


PROFILE: 東京塩麹

©️Yuta Itagaki / Mana Hiraki

2013年に始動したコンテンポラリーポップバンド。音の反復と解体、再構築を主軸とし、バンド形態でありながら完全に譜面に落とし込まれた独自の音楽性で注目を集め、ディスクユニオン主催の〈DIM. オーディション2016〉に選出される。2017年、1stアルバム『FACTORY』をリリース。同作はNYの作曲家スティーヴ・ライヒから〈素晴らしい生バンド〉と評された。2018年にFUJI ROCK FESTIVAL ’18へ出演。2023年リリースの3rdアルバム『Goodbye』で全国5都市ツアーを開催。同作はアジアの音楽賞The 14th Golden Indie Music AwardsでBest Asian Creative Artist賞にノミネートされた。
オフィシャルサイト:https://shiokouji.tokyo/

■メンバー
Trumpet:渡辺南友 Nayu Watanabe
Trombone:渡邉菜月 Natsuki Watanabe
Piano & Keyboad:中山慧介 Keisuke Nakayama
Synthesizer:額田大志 Masashi Nukata
Guitar:テラ Tera
Bass:初見元基 Genki Hastumi
Drums:渡健人 Kent Watari
Percussion:高良真剣 Takaramahaya