尺八のさまざまなひびきから、日本音楽について考えてみる

 手元にある『三曲の芸術』というアルバム、箏と三味線、尺八を手にした演奏家がジャケットに。リリースはフランスのOcora。世界各地の音楽を録音・アルバム化するフランスのレーベルとして知られている。録音は2023年4月、フランス、パリ郊外のムードン。

邦楽四重奏団 『三曲の芸術』 Ocora(2024)

 3つの楽器のアンサンブル曲があり、尺八のソロがあり、声をともなう箏の二重奏がある。全5曲のうち4曲は古典、トラックのさいごは一柳慧“花の変容”。順番に聴いていくと、それぞれの楽器の音色や音のうごき、音色、音による空間・時間のひろがりの変化がわかる。筝でも尺八でも、音のゆれがあり、移動がある。そうした変化のさまがよく聴きとれる。すっと聴き手のなかにはいってくる安定した声。尺八のごくごく微細な、息の音、ちょっとしたノイズ(的な音)には、この音!とおもわせられて。一柳慧作品が収められることで、古典と現代とのつながりと変化が対照され、双方のおもしろさが、また3つの楽器が一緒になったときに何がおこるかの違いが浮かびあがる。尺八を吹いていたのは黒田鈴尊。ほかの演奏家とともにももうひとつのアルバム『The Shakuhachi5』にも参加。ここでは流派の異なる5人の演奏家が集まる。5人の作曲家(藤倉大、台信遼、ジョン・ケージ、望月京、西村朗)、5作品。“Shakuhachi Five”から“Five”で趣きをすこし変え、“沙羅双樹”へと。尺八のさまざまな奏法が用いられ、音が交差、5管がいっせいにひびく迫力をサラウンドで堪能したい。 

The Shakuhachi 5 『The Shakuhachi 5』 カメラータ(2024)

 こうした邦楽の、尺八のひびきにあらためてふれていたところへ「日本音楽の構造」が届く。著者は中村明一、こちらも尺八の演奏家として知られる人物。これまで「「密息」で身体が変わる」「倍音―音・ことば・身体の文化誌」といった著書がある。尺八という楽器をとおして思考した身体、この列島で長い時間にわたってつくられてきた身体・思考をたどってきたが、そうしたものを踏まえ、一気に本文360ページの大著となった。

中村明一 『日本音楽の構造』 アルテスパブリッシング(2024)

 タイトルだけでは特徴はわからない。これまでも〈日本〉の音楽にアプローチする本はいくらもあったのだから。だが、その時点で目は曇っている。尺八奏者だからとのバイアスがかかっている。そうじゃない。日本伝統音楽ではなく、日本音楽の、本。日本音楽、それは伝統音楽も忘れず、ちゃんと意識し、さらに現代、前世紀から現在までのJ-POPをも視野に。明治期にはいってきた西洋音楽の影響うんぬんという歴史的なことどもも意識されるけれども、それいじょうに、この列島に住み、ことばをはなし、といったことどもを、またカラダのありかたを考慮して、考察する。当然、西洋音楽を基準にした立論からはずれよう。異なったところから切りこむ。整数次倍音と非整数次倍音がキーとなる。そのあたり、〈日本語〉を西洋型の言語学ではないやり方でみるのとシンクロしていようか。

 全体は5つの部分に分かれる。〈序〉〈日本音楽の構造〉〈日本音楽各論〉〈日本音楽の未来〉それに密息、倍音、音階論、リズムをめぐる〈付論〉。シンプルだ。なじみにくいところもあろう。密息って? 倍音って? そうしたものは付論にまわってまた戻ってくればいい。写真や図式が多用される一方、三次元グラフや西洋音楽でつかわれるタームもでてくる。あらためて解説が加えられるから、誰しもアクセスしやすい。言い換えれば、音楽を知っているとおもっているひとより、興味はあるけどよく知らないというひとにも、ひらかれている。故意に大きくひらいている。こんな文章を読んでみればいい。「(日本音楽は)根源性、象徴性を強く持つ音楽として、世界の財産であると言えるでしょう。音響、言語、音楽が未分化な状態をいまだに保っているという面からも、貴重なものと考えられる。日本の音楽がなくなれば、世界の音楽の根源的な部分がなくなってしまうことなります」。大袈裟にみえるが、これは本音だ。音楽をただの趣味・娯楽としてではなく、文化として、ひとのいとなみとしてとらえる、地球上からいなくなる生物種のひとつのようにとらえたいとの切実なおもいだ。ひいては、音楽や文化だけでない、地球の生命体への危機をも透けてみえる。あまりに遠大であると敬遠するなかれ、細かいところで成否をいうのではなく、こうした本がいま必要だ、必要とされているのだというのを気づきたい。

 本書に目をとおしたあとで、先のアルバムを聴きなおしてみよう。何が訪れてくるだろう?

 


LIVE INFORMATION
中村明一著「日本音楽の構造」刊行記念対談
中村明一 × 松岡正剛「日本音楽の根源的価値と指し示す未来を語る」

2024年7月5日(金)編集工学研究所ブックサロンスペース「本楼」(世田谷区赤堤)
オンライン参加:ZOOMウェビナー(お申し込みの方にZOOMアクセスキーをお送りします)
19:30-21:30
https://shop.eel.co.jp/products/detail/710