ロマン派チェロ曲のふたつの傑作を中心に、スラヴ文化に視点をあてたモローの新作が登場
19世紀ロマン派の数多くの楽曲のなかで、チェロのために書かれた2つの珠玉の作品と言えるのが、ショパンの晩年の“チェロ・ソナタ”とチャイコフスキーの“ロココの主題による変奏曲”だと考えていたが、その2曲を組み合わせたアルバムがリリースされるとは実は考えたこともなかった。それを実現したのがフランスを代表する若手チェリストのエドガー・モローである。読売日本交響楽団の演奏会に出演するために来日していた彼に、この素敵なアルバムについて話を聞いた。
「今回のアルバムは、大きな意味での〈スラヴ〉の音楽を集めたアルバムを作りたいというところからスタートしました。ロシアのチャイコフスキー、ポーランドのショパンを大きな柱として、ドヴォルザークやラフマニノフ、ショスタコーヴィチといった作曲家の作品を集めてみようと。自分としては、それに取り組むのにちょうど良いタイミングが来たと思っていました」
1994年パリ生まれのモローは2011年にチャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門で第2位となり、世界的にその存在を知られることになった。チャイコフスキー・コンクールのチェロ部門では作曲家の“ロココ~”が決勝の課題曲とされる。
「当然、コンクールの前はたくさん練習しましたが、実は小さい頃についていた先生は子どもでも難しい作品に取り組むべきだと、6歳ぐらいから僕にこの“ロココ・ヴァリエーション”を課題として与えてくれました。そういう意味では、僕にとって小さな頃から長く親しんで来た作品でもあるのです」
同じように、日本ではかなり成長してから取り組むショパンの“チェロ・ソナタ”も小さい頃から取り組んでいた。
「しかし、あくまでも弾くことに取り組むというだけで、音楽的な内容については、もっと大人になってから真剣に挑戦したのです。解釈も年齢を重ねるごとに変化して行きますし」
といってもモローはまだ30歳になったばかりなのだが。今回のアルバムでは以前にもアルバムを一緒に作ったミヒャエル・ザンデルリンク指揮のルツェルン交響楽団と共演した。
「ご存知のようにミヒャエルもチェロを学んでいて、作品の細部についてもとても豊富な知識を持っています。録音の時にも、お互いに意見を交換し、難しいところはいろいろと相談をしました。効率的に録音を進めることができ、とても良い雰囲気で録音が進みました。またラフマニノフの有名な歌曲“ヴォカリーズ”は珍しいチェロとオーケストラのための編曲版ですが、お聴き頂ければ分かるように、オーケストラ版の編曲がとても良く出来ていて、冒頭のところもとてもスムーズにチェロが音楽に入って行けました」
もうひとつの柱と言えるショパンの“チェロ・ソナタ”は、こちらも録音、演奏で共演を重ねているピアニスト、ダヴィッド・カドゥシュとの共演である。
「ショパンの作品ではピアノの存在がとても大きくなる訳ですが、カドゥシュはソリストとしても経験を重ねているピアニストで、お互いにそれぞれの音楽性をよく分かっているので、チェロとピアノのアンサンブルという点で、とてもバランスの取れた録音が出来たと思っています。カドゥシュも彼のリサイタルなどで色々と忙しいので、ふたりでコンサートをすることはそれほど多くないのですが、演奏すればとても息の合う存在ですね」
この他、ショスタコーヴィチの“ジャズ組曲”からの“ワルツ”やドヴォルザークの“ユーモレスク”、“我が母の教えたまいし歌”など、興味深い選曲がなされている。
「チェロは弦楽器の中では最も人間の声に近いと言われており、歌う事がとても得意な楽器です。歌曲を多く選んだのも、その理由からですが、そうした小品のなかにも〈スラヴ〉の魅力を感じていただけると思います」
これまでも常に意外性に溢れた選曲で録音をリリースして来たモローのカタログに、またひとつ、貴重な足跡が刻まれることになった。
エドガー・モロー(Edgar Moreau)
1994年パリに生まれる。4歳でチェロを始め、パリ国立高等音楽院でフィリップ・ミュレールに、ドイツ・クロンベルク・アカデミーではフランス・ヘルメルソンに師事した。さらに、ゲイリー・ホフマン、リン・ハレル、ダヴィド・ゲリンガスのマスタークラスを受講。11歳でコンチェルト・デビュー。以来世界の名だたるオーケストラと共演。使用楽器:1711年ダヴィッド・テヒラー製チェロ