©ヒダキトモコ

伯爵邸のサロンを想起させる温かく親密的な演奏

 J.S.バッハやショパンの演奏で高い評価を得ている大森智子が、満を持して“ゴルトベルク変奏曲”の録音に着手した。

 「昔からこの作品は弾いていましたが、70歳を機に録音したいと心に決めていたのです。ようやく内容の理解が深まり、自分自身も納得のいく演奏ができる時期になったと考えたからです」

大森智子 (PIANO) 『J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲』 キングインターナショナル(2024)

 大森智子は上智大学の近くで生まれ、クリスチャンネームを持ち、それはマリア・ソフィアという。〈ソフィアのゴルトベルク〉というべき録音は、バッハの深い宗教心、弟子の若き音楽家ゴルトベルク少年への愛情、カイザーリンク伯爵への敬愛の念、3声によるカノンがちりばめられた変奏曲の構成、対位法の使用などに創意工夫が凝らされ、傑出した作品となっている。

 「広いホールで演奏された作品ではありませんから、録音の際は伯爵邸のサロンで弾かれていたような空気を意識し、温かく親密的な演奏を心がけました。資料を紐解くと、伯爵の息子もチェンバロを演奏したようで、みんなが一堂に会してバッハの作品を楽しんで演奏し、聴いていた様子が想像できます。とてもシンプルで美しく、難しいながらも愉悦の表情やおしゃれで遊び心も含まれ、晩年のバッハの粋を集めた作品で、弾くごとに常に新たな発見があります」

 “ゴルトベルク変奏曲”は、最初のアリアが第30変奏のあとに再び登場し、そこでは奏者はさまざまな感情を抱く。

 「このアリアの登場の仕方はすばらしいですね。ようやくいま、バッハの深い思いを表現できるような年になったと思います。私はニューヨークでホロヴィッツの弟子のバイロン・ジャニス、ロンドンでイタリアの名ピアニストであり名教師であったマリア・クルチオに師事し、多くの学びを得ました。ジャニスには水彩画のような響きではなく油絵のような音を出すようにといわれました。でも、このバッハは、あたかも墨絵のような音色が大切だと思います」

 彼女はキリスト教の三位一体を意味することもあり、〈3〉という数字を好むという。

 「妹のヴァイオリニスト、吉村潔子をはじめ多くの音楽家と室内楽も演奏しており、“ゴルトベルク変奏曲”の編曲版を演奏したいと思っています。3という数字に関係しますが、ピアノトリオが大好きですので、それもより深く探求したい。そして“ゴルトベルク”を3年ごとに再演したく3×3=9年したら再録音したいという夢も抱いています!」

 


LIVE INFORMATION
大森智子ピアノ・リサイタル

2025年10月3日(金)東京・ルーテル市ヶ谷ホール
開場/開演:18:30/19:00

■曲目
ショパン:幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61/ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調作品66/シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調D960 ほか

■お問い合わせ
株式会社コンセール・プルミエ
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