©Misha Obradovic

「バッハの音楽には瞑想的な部分と人を集める力の両方があるのです」

 「どんなジャンルでも真摯に向き合い、自由に演奏する」(ラドゥロヴィチ、以下同)。それが、ネマニャ・ラドゥロヴィチのモットーだ。とびきり自由で生きる喜びに満ちた彼の音楽に接した人なら、うなずける言葉だろう。

 そんな彼にとっても、バッハは特別な作曲家であるようだ。協奏曲集に続く2枚目のバッハ・アルバムは、「協奏曲の仕上げ」と位置付けた3曲の協奏曲と、その合間に「間奏曲のよう」に置かれた小曲の組み合わせ。小曲はフルート・ソナタや無伴奏チェロ組曲、“マタイ”のアリアなどヴァイオリン曲に限らない。

 「年齢とともに、楽器にかかわらず自分の弾きたい曲を選ぶようになりました。楽器や演奏者が違っても、作曲家が伝えたいことは語れます」

NEMANJA RADULOVIĆ 『J.S.バッハ・アルバム』 Warner Classics/ワーナー(2024)

 実際バッハの時代、指定された楽器と違う楽器で演奏することはごく一般的だった。

 「バッハというととかく崇拝される傾向がありますが、彼はとても人間が好きで生活を楽しむ人だったと思うのです。自分のためでなく他人のために音楽を書いた人。必要以上に崇めることは、かえってバッハの意図に反するのではないでしょうか」

 バッハの音楽には、心を鎮めてくれる瞑想的な側面と、「人を集める力」が同居しているという。

 「舞曲などに典型的ですが、生きる喜びを広めるような音楽なのです。たとえ短調の音楽であっても、常に喜びが感じられる」

 共演しているドゥーブル・サンスはラドゥロヴィチが設立したアンサンブルで、彼の故郷である旧ユーゴと14歳で移住して第二の故郷となったフランスのメンバーで構成され、「2つの異なる文化の融合」を意識しつつ、一つの解釈へ持っていくことを目指すアンサンブル。「とても自由」であると同時に「家族のよう」でもあり、歴史的演奏(HIP)へのこだわりとは無縁だ。

 「バッハの演奏法や解釈は色々あって当然ですし、時代に応じてどんどん変わります。それだけ面白い作曲家だということです。私は音楽と今の時代を繋げていきたいので、こういうアプローチをとっているのです」

 ヴァイオリニストとバッハといえば“無伴奏”が思い浮かぶが、彼にとっても「ずっと演奏し続けている」最愛の作品の一つ。「自分の内面を見つめさせてくれる」瞑想的なバッハ作品だ。「いつか録音したいが、機が熟すのを待っている」。その「機」が訪れた時、彼はどんなバッハを聴かせてくれるのだろうか。