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ビリー・ジョエル、花澤香菜の楽曲に見る“I’m Not In Love”の余波

一方で、“I’m Not In Love”におけるマルチトラックボーカルやテープループといった先進的な試みはサンプリングカルチャーと親和性が高いこともあってか、ヒップホップの元ネタとしても頻繁に引用されている。ピート・ロック feat. パプースの“Comprehend”や、フレディ・ギブス&マッドリブの“Shitsville”、ドージャ・キャットの“Shutcho”など、錚々たるアーティストたちのトラックで印象的に使われているのが興味深い。

また、カバーやサンプリング以外でその影響を公言している楽曲で有名なのは、ビリー・ジョエルの大ヒット曲“Just The Way You Are”だろう。プロデューサーのフィル・ラモーンはボーカル処理を参考にしたことを明かしているが、セカンドバースに入ってからバックを覆いつくすコーラス音響はまさにそのものである。

さらに意外なところでは、声優の花澤香菜が2017年にリリースしたアルバム『Opportunity』収録の“Blue Water”。作編曲を手掛けたクラムボンのミトが最初から“I’m Not In Love”のラインを狙ったもので、ボーカルパートだけで3日間、計200トラック以上を費やした偏執狂的な作業のすえに、花澤の一人多重コーラスが降り注ぐ荘厳な曲に仕上がっている。

“I’m Not In Love”は、時代もジャンルも超越したスタンダードなメロディーを持つポップソングとしても、きわめて先鋭的で実験精神に富んだ音響トラックとしても、いまだに人々を魅了してやまない稀有な楽曲なのである。

 

『The Original Soundtrack』は4人の英知を結集した最高傑作

『The Original Soundtrack』はたしかに“I’m Not In Love”あってこその名盤ではあるが、決して他の曲がつまらないわけではない。いや、むしろどの曲もしっかり10ccらしさが横溢した好曲佳曲揃いなのである。

たとえば幕開けの“Une Nuit A Paris”は、いきなり9分近くにも及ぶ3部構成のミニオペラという攻めた組曲。要所で効果的に挿入される奇抜なサウンドエフェクトも聴きものだが、なによりもメンバー4人がそれぞれ複数のキャラクターを演じることで生まれる起伏に満ちた曲(物語)展開は、スクリーンに映った芝居そのもののようにも感じられる。

ロックのミニオペラといえば誰もがクイーンの“Bohemian Rhapsody”を思い浮かべるだろうが、かの名曲はじつは半年前にリリースされた“Une Nuit A Paris”の影響を受けている、という風説もあるのだ。真偽はともあれ10ccのほうが〈先〉にやっている事実は揺るがない。

また、第1弾シングルで全英7位を記録した“Life Is A Minestrone”も抜群にキャッチーなメロディーと変態的な曲調がマッチした、これまた10ccならではのヒットチューンだし、私的には冒頭でも触れた映画へのオマージュ曲“The Film Of My Love”を最も愛聴していたりもする。

10ccは翌1976年に『How Dare You!』というこれまた優れたアルバムを制作したあと、ゴドレイとクレームが脱退。それでも残った2人による新生10ccはポール・マッカートニー直系の超ポップ曲“The Things We Do For Love”で大ヒットを飛ばしたし、脱退組もゴドレイ&クレームとして“An Englishman In New York”などの実験的かつ視覚的なヒット曲を生み出した。つまり各々が得意とする方向のフェイズに進んでいったわけだが、それゆえ『The Original Soundtrack』はそんな凄い2組=4人の英知を結集した最高傑作としてことさら特別な輝きを放っているのである。