タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやweb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら音楽に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第11回は私的な縛りを課した選曲からブリティッシュポップの隠れた名曲について綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

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音楽好きならばおそらく誰でも〈自分だけの隠れた名曲〉というものがあるのではないでしょうか。とりたてヒット曲でもないのに妙に惹かれたり、アルバムB面の3曲目なのにシングルより愛聴しているなどなど。今回は〈我が隠れ名曲〉について書こうと思うのですが、ただ好きな曲を紹介するだけでは芸がありません。そこで自らいくつかの縛り=ルールを課すことで、あえて対象を狭めてみることにしました。もちろんセレクトは大変になりますが、僕はいろいろな意味でM属性なので悩むのが楽しいのです。

■今回の選曲ルール
1. テーマは〈ポップでメロディアスな曲〉
なるべく主観を排して、誰もが納得できそうな曲を選ぶこと。

2. アーティストの縛り(その1)全米シングルチャートでトップ10に入った大ヒット曲を持っていること
無名なアーティストの場合、言いようによっては全てが〈隠れた名曲〉になってしまいます。それを避けるためにメジャーフィールドでの大きな実績があることを条件にしました。

3. アーティストの縛り(その2)イギリス出身であること
自分の天邪鬼的な性格を反映したものです。全米チャートでアメリカ人じゃそのまんまなので。

4. そのアーティストの代表作ではないアルバムからセレクトすること
有名なアルバムは当然ながら収録曲の認知度も高いため〈隠れた名曲〉が存在しづらいからです。

5. Googleで検索してもレビューやブログなどでほぼ紹介されていない
もちろん全てをチェックできるわけはないですが、ざっと検索してもその曲に関してめぼしい日本語の記事が見当たらないもの。

6. YouTubeで聴ける曲
みなさんに聴いて頂けないと説得力に欠けるため。

 

Badfinger “Love Time”
悲劇のバンドが奏でたポール・マッカートニー直系グッドメロディー

ここからは上記ルールをクリアした楽曲を紹介していきます。最初はバッドフィンガー。彼らは“Come And Get It”、“No Matter What”、“Day After Day”と3曲も全米トップ10ヒットを放っています。さらに“Without You”はニルソンのカバーで全米1位、マライア・キャリーのカバーも全米3位を記録しているポップスタンダードですが、むしろバッドフィンガーがオリジナルだということを知る人が少ないのが悲しいところ。

悲しいといえば、彼らはビートルズメンバーの後押しでアップル・レコードからデビューして〈ビートルズの弟分〉的な存在として華々しい活躍をしていましたが、それもアップル在籍中だけのこと。ワーナー移籍後はドン底な時代で、悪徳マネージャーの非道のせいで大したプロモーションもされなかったどころか、契約違反を盾にアルバムの回収にまで発展。しまいにはメンバーの自殺というあまりにも苦い終焉を迎えることになります。この辺りの悲惨すぎる経緯はbounceの〈ろっくおん!〉第69回でも触れられているので興味のある方はご覧ください。

ここでレコメンドする曲は、ワーナーでの2作目にして最終作『Wish You Were Here』(74年)に収録されている“Love Time”です。

BADFINGER 『Wish You Were Here』 Warner Bros.(1974)

ただでさえ売れなかったアルバムの非シングルなうえに、メインソングライターのピート・ハムではなくジョーイ・モーランド作。それゆえなのかまるで注目されていない曲ですが、これがとにかく素晴らしい。端的にいうとポール・マッカートニー直系のポップなミドルバラードですが、世にあまたある〈ポールみたいな曲〉の中でもずば抜けて美しく切ないメロディーを持った曲です。もし健全な環境のなかで発売されていればシングルカットされて全米トップ10入りしていたはず、と勝手に想像しています。