羽生結弦とのコラボも話題の「メダリスト」OP主題歌“BOW AND ARROW”
昨日公開した“Plazma”の記事に続いて、本稿では米津玄師のもう一つの新曲“BOW AND ARROW”に深く入り込んでみよう。
“BOW AND ARROW”は、『LOST CORNER』のレコーディングを終えた翌週に1コーラス分のレコーディングをし(アニメのタイアップソングなので、最初に1コーラス分を納品する必要があったのだろう)、約2か月後に“Plazma”を制作、その後に“BOW AND ARROW”のフル尺を制作、という時系列で作られているそうだ。おおまかに言って米津が『LOST CORNER』以降、早くも新しい方向性へ進もうとする姿勢をこの2曲が提示している。それは制作時期だけでなく、音楽的にもそうだ。
アニメ「メダリスト」のオープニング主題歌として書き下ろされたこの曲は、なんと米津自身が原作漫画のファンで、アニメ化の情報を知って自ら曲を作らせてほしいとアプローチしたことに端を発するという。以下は本人によるコメントだが、自分の曲よりもあからさまに作品優先な内容で心酔ぶりが伺える。
わたしはひとえに原作のファンです。アニメ化するという情報を見かけ、できることなら曲を作らせて頂けないだろうか、と打診したことがBOW AND ARROWを作るに至るきっかけとなりました。とにかく素晴らしい漫画なので全人類読んでください。アニメもただの視聴者として楽しみです。曲もよろしくお願いします。
そんな経緯で作られた曲の配信がスタートしてから1か月強が経った3月5日、羽生結弦が出演した驚きのミュージックビデオが公開され、同月13日には米津と羽生の対談動画もアップされたことは大きな話題になった。まさに超人2人の恐るべき邂逅だ(〈超人〉については“Plazma”の記事を参照してほしい)。
〈追いつけない速度で〉進む超アップテンポなスピード感
“BOW AND ARROW”のテンポは、“Plazma”をさらに超えるBPM 180。イントロから一閃、ハープや箏のような爽やかなシンセサイザーのフレーズが煌めき、はっとさせられる。“BOW AND ARROW”で使われている電子音の数々は、光や輝きのイメージを音に転化したかのような響きを持っている。
イントロではさらにハンドクラップの連打にキックが加わっていき加速、ドラムンベース風のブレイクビートも差し込まれる。16分音符や36分音符を多用して細かくビートを刻む高揚感やスピード感、あるいは焦燥感たるや、“Plazma”に近いがそれを超える性急さだ。まさに〈行け 追いつけない速度で〉という歌詞のとおり。
その印象をさらに増長させるのが、ルート音が上昇していくイントロのコード進行と、いわゆる丸サ進行を変形して盛り立てたサビの和声。またEDMにおけるバース→ビルドアップ→ドロップの構成を模したA・Bメロからサビへの展開も、この曲のアッパーな興奮を倍化させている。ボーカルの譜割りでクラーベのリズム(詳しくは以前アフロビーツの記事で書いた)を模していることも、それに寄与しているだろう(そのあたりの音楽的な分析は、YouTubeチャンネル〈Crahsの大人バンドマン生活〉の動画が詳しい)。
リズムついてはシンコペーションやアウフタクトを排して「頭拍から逃げない」こと、表で拍を取ることを意識したとのことで、その規則性も曲の性急感を増している。過去の曲と比較すると、特にミドルテンポの“ゆめうつつ”や“LADY”でリズムのズレやヨレを活かした米津流のR&Bが展開されていたと思うが、それらとは正反対の方向に行ったということだ。
“Plazma”ともども、今回の2曲がきわめてエレクトロニックな曲であることも指摘しておくべきだろう。“Plazma”の記事で言及したハチ時代の作品ではギターが多用されており、ドラムなどの器楽音に近い打ち込みの音も用いられていたが、“BOW AND ARROW”および“Plazma”は徹頭徹尾エレクトロニックで、『LOST CORNER』というアルバムのキーになったバンドサウンドの“がらくた”(ボーカルも人間的で生々しい)などとは対照的。
これまで米津作品のプロダクションにおいては、実際の器楽音、器楽音に近いプログラミングされた音、完全なエレクトロニックサウンドの3つが絶妙にブレンドされてきた。今の新路線は、『LOST CORNER』で言えば“マルゲリータ + アイナ・ジ・エンド”や“YELLOW GHOST”の発展形だろう。この“BOW AND ARROW”と“Plazma”は、電子音楽家・米津玄師の新展開が聴ける2曲だ。