旅するように、息をするように、20年以上にわたって歌を紡いできたシンガー・ソングライターは、凛とした眼差しで何を見据えている? 優雅な内省へと誘う最新アルバムのアナログ盤が登場!

 中山うりが2023年10月にCD及び配信で発表した12作目のアルバム『tempura』。そのアナログ盤が4月30日にリリースされる。

中山うり 『tempura』 A.O.I/Tuff Beats(2023)

 彼女は2000年代半ばからアーティスト活動を始め、2007年にアルバム『DoReMiFa』でメジャー・デビュー。2011年の東日本大震災以降、「もっと歌う機会を増やそう」とライヴ活動に重きを置くようになり、2012年9月に所属していた事務所のワールドアパートから独立した。以降、自主で作品を発表しながらライヴ活動を続けているが、その会場選びにも彼女ならではのこだわりとセンスが反映されている。

 「もはやライヴハウスで演奏することもほとんどなくて、おもしろいと思える場所を探してやっています。カフェ、ギャラリー、酒蔵とか、陶芸家さんの工房とか。なんなら人のお家でも(笑)。音響機材を持ち込めさえすれば、どこでもやれますから。お客さんもそういう場所自体にポテンシャルを感じ、一緒に旅をするような感覚で観に来て楽しんでくれています」。

 肩の力を抜いて、自分らしく。そういう活動のペースとやり方を築いて継続してきた。が、それゆえになおさら、コロナ禍で自粛ムードが広まった時期には「普段から一人は嫌いじゃないけど、良くない意味でより一人になった感じがした」と言う。『tempura』にはその時期の思いが濃く反映された曲も収録されている。例えば〈光も風もない 長すぎる沈黙〉〈誰か歌わせて〉と歌われる“海の底のピアノ”。

 「コロナ禍真っ只中に生まれた、このアルバムのなかではちょっと暗い曲ですね。歌詞の通り、まさしく海の底にいる感じ」。

 “Swimming”も巣ごもり生活のなか、制作した曲だ。

 「多くの人に会えない時期だったので、録音やミックスもやってくれたベースの南勇介と家にあるもので作った曲です。シンセを使っているので、ほかの曲とちょっと音の質感が違いますね。これも海の曲。コロナ禍の夕暮れ時に海に行ってみたんですよ。釣り人が1人いるだけで、ほかには誰もいなくて。ただ沈む夕陽を見て帰ってきたんですけど。それでこの曲を書いたという」。

 とはいえ決して暗いトーンのアルバムというわけではなく、柔らかで、優雅で、風通しがよく、なんともいい湯加減の曲が並ぶ。日々の暮らしのなかの小さな幸せと重ねてじんわり心が満たされる、そんな曲たち。“くらげ”のように浮遊するメロディーとサウンドに身を委ねれば、そこで歌われている通り〈意味のない時間が愛しい〉と、そうも思えてくる。

 「この曲には安宅浩司さんのペダル・スティールが入っているんですけど、演奏する前にわざわざ水族館に行って、くらげを見てきてくれたらしくて。ライヴでこの曲を歌っていると、自分でも眠くなることがあります(笑)。足湯に浸かっているみたいなサウンドだから」。

 ストリングスを活かした曲が多いのもこのアルバムの特徴のひとつだ。

 「昔は吹奏楽器を入れることが多かったんですけど、ある時期からストリングスを入れたライヴをよくやるようになって。それもあって、チェロの橋本歩さんとヴァイオリンの江藤有希さんをお呼びして、自分でもアレンジをしたんですけど、それは新鮮でしたね。ストリングスって、曲のなかで料理の出汁みたいになってくれるところがいいんですよ」。

 そうした新たな試みもありつつ、しかし、いつものことながら飾りがなく、必要最小限のサウンドで彼女のヴォーカルの個性と魅力が最大限に引き出されている。引き算の美学に貫かれ、前作『11』(2020年)から強くこだわってきたことのひとつの到達点とも言えそうな傑作だ。「それがようやく出来たという手応えもあったから」、正面から自身の顔を撮ってもらった写真をジャケットにした。

 「顔ジャケって、なんか〈名盤感〉があるかなって(笑)。サブスクが主流になったなかでアルバムの意味とか価値を改めて考えるようになって、もうこれからはそんなにホイホイとアルバムを作れないかもしれないなと思ったんです。そういう意味でも大事な一作かなと」。

 ぜひアナログ盤でじっくり味わってほしい。

中山うりの近年の作品。
左から、2020年作『11』、2018年作『カルデラ』(共にA.O.I/Tuff Beats)

中山うりの近年の参加作を一部紹介。
左から、Sweet Williamの2024年作『SONORAS』(Beats On Wax)、S-KEN&ホットボンボンズの2022年作『P.O. BOX 496』(apart.)、Shohei Takagi Parallela Botanicaの2020年作『Triptych』(KAKUBARHYTHM/ソニー)