© Mickael Hemy

移り変わるサウンドと多言語を自在に往還する軽やかなヴォーカル・アルバム

 洋楽のポピュラー音楽を幅広く聞いている人なら、21世紀に入ってから音楽のジャンルやカテゴリーの稜線がどんどん〈崩れて〉〈曖昧になって〉きたことに気づいているにちがいない。否定的な意味ではなく、各分野の先端でいろんな変化が起こっていることに。

 海辺の砂浜に立って波打際を眺めれば、ここまでが砂浜でここまでが海とは言えない。そしてその曖昧な境界が時とともに移動していくのがわかるように、思いがけない音楽の要素が結びついたり、溶け合ったり、離れたりする現象が続いている。

 それは現在の世界情勢が、20世紀には予想もしなかったような形で変動して、ある部分混沌として見えることに似ていなくもない。音楽の稜線の〈崩れ〉や〈曖昧さ〉には、その影が何かしら映し出されているのだろう。たとえ想像力で飛躍できるとしても、その夢も含めてわれわれは時代のドームの外に出ることはできないのだから。

GABI HARTMANN 『La Femme Aux Yeux De Sel』 Masterworks/ソニー(2025)

 ギャビ・アルトマンの軽やかな音楽を語るのにあまりふさわしくないおおげさな話ではじめてしまったが、世界各地の既成の型にとらわれない音楽の増加の流れの中にいながら、穏やかなたたずまいで、彼女は透明感のある音楽を作っている。アルバムは〈塩で出来た瞳を持ち、涙を流すたびに瞳が溶けていく一人の女性が治療法を求めて旅をする〉という物語に沿って作られているが、各曲が独立して聞けるようにもなっている。

 一聴して21世紀のスタンダードと呼ばれそうな“テイク・ア・スウィング・アット・ザ・ムーン”、60年代前半のブリル・ビルディング・ポップを思わせる“イントゥ・マイ・ワールド”、ゴスペル風のコーラスを通奏音に曲想が変化していく“秘密の世界”などの曲が安心感をもたらす。

 一方で、冒頭の曲のリズムはキューバ音楽をもじったものだ。“シコライコ”ではアフリカの有名曲のフレーズを引用して女性コーラスと共に楽しくうたっている。ブラジルのロベルト・モレーノのサンバ“自然”はゆったりとした歌ものに解釈。ナイサム・ジャラルの笛をフィーチャーした“日の出”はシリアに思いを馳せた曲だろう。

 何かに似ているといえば似ている。しかし微妙な匙加減がこのアルバムに他の誰のものでもない表情をもたらしている。フランスに生まれ、リオデジャネイロやロンドンで音楽を吸収し、アフリカや北米を旅してきた彼女ならではの柔軟な好奇心やフットワークの軽さを感じさせるアルバムでもある。

 


LIVE INFORMATION
ギャビ・アルトマン with ジェシー・ハリス

2025年5月11日(日)ブルーノート東京
開演:16:30(1st)/19:30(2nd)

2025年5月12日(月)ブルーノート東京
開演:18:00(1st)/20:30(2nd)

■出演
ギャビ・アルトマン(ヴォーカル/ギター)/ジェシー・ハリス(ギター)/フロリアン・ロビン(ピアノ)/ジェーム・アリギ(ベース)/ガラドリエル・ヴァーシェール(チェロ/ヴォーカル)

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/gabi-hartmann/