次元を行き交いながら独自の世界を創造してきた気鋭が、境界の曖昧性や超現実主義などの概念を形にしたコンセプト作品を完成! 空気を伝う生音での表現を柔軟に探求した、捉えどころのないアートとは?

他の人には真似できない歌

 バーチャルとリアル、二次元と三次元の間を行き交いながら活躍するアーティストは近年珍しくないが、そのなかでも長瀬有花の活動スタイルはかなり風変わりなものだ。2020年にデビューして以来、3DCGやイラストを用いたバーチャル・アーティストとしての顔を持ちつつ、顔は隠した状態ながら実写での動画配信も定期的に行い、カリンバで弾き語ったかと思えばスーパーや銭湯でライヴをしたり。最近は三次元での活動が主だが、状況に応じて形態を使い分ける柔軟性とゆるさが魅力になっている。

 「最初は歌手になりたくて、いろいろオーディションを受けたこともあったんですけど、ちょうどその時期にコロナが蔓延してしまったので、〈バーチャルの世界なら、いつでもどこでも歌を届けることができるな〉と思ったのが現在の活動に至るきっかけでした。自分から音楽を聴くようになったのはボカロやアニソンが最初で、声優さんのキャラソンの表現にはかなり影響を受けています。音楽的には、やくしまるえつこさんと谷山浩子さんが特に好きで、ちょっと童話や絵本みたいな感覚があるというか、非日常な世界観に惹かれます」(長瀬)。

 2021年に発表した“駆ける、止まる”から現在まで、サウンド・プロデューサーの矢口和弥と活動を共にし、いよわ、ウ山あまね、mekakushe、瀬名航といった面々を作家陣に迎え、ポップで人懐こいけど少し不思議な感触がクセになる楽曲を届けてきた長瀬。その音楽性の根幹となっているのは、独特のまろみを感じさせるイノセントな歌声だ。彼女の特徴的な声に惹かれる人は多く、過去にはLocal Visionsやササクレクトといったレーベルともコラボ作を制作しているほか、DÉ DÉ MOUSE、Aiobahn、phritzらクラブ文脈の楽曲に客演シンガーとして招かれることも多い。

 「歌手をめざしはじめた頃から、他の人には真似できない歌を歌えるようになりたくて、特に尖りをなくすことは意識しています。声に脱力感があるのか、昔から家族に〈気が抜けることを言わないで〉みたいなことをよく言われていたんです(笑)。でも、それが自分の個性なのかもと思って歌に落とし込んでいます。いい方向に受け止めて、脱力しよう、みたいな」(長瀬)。