優雅さと激情を併せ持った指揮、LPOとRPOを創設した大人物、毒舌でも知られた名物男の最良の遺産!
魅惑とエレガンスに満ちた音楽、高揚すると火を噴くような激しい指揮ぶりを示したサー・トーマス・ビーチャム(1879~1961)。彼はイギリスの製薬会社の御曹司で、1932年にロンドン・フィル、1946年にロイヤル・フィルを創設、加えてユーモア、ウィットに富んだ発言がしばしば物議を醸したイギリス楽壇の名物男だった。このステレオ録音35枚組には彼が得意とした(1)直接交流があったシベリウス、ディーリアス、R. シュトラウス、(2)18世紀の古典音楽、(3)19世紀のロマン派音楽、(4)アンコールで演奏した小品の数々、(5)オペラ全曲がバランス良く収録されている。
(1)ではCD 1のシベリウス集がまず素晴らしい。冒頭の“太陽の乙女”から、ステレオの拡がりの中で、各楽器がニュアンス豊かに歌い交わし、スケール大きな音楽が滔々と流れ、シベリウスを聴く醍醐味に陶然となってしまう。CD 12-14のディーリアスはビーチャムが世界に広めたといっても過言ではなく、詩情に満ちた旋律たちが魅惑の表情を浮かべては消えてゆく美しさは筆舌に尽くしがたい。CD 23のR. シュトラウス“英雄の生涯”はスケール雄大で光輝に溢れ、劇的高揚の凄まじさが圧巻だ。(2)ではCD 4-5にヘンデルのオラトリオ“ソロモン”、CD 15-16にハイドンの同“四季”、CD 17と25にヘンデルの様々な名旋律を編んだ組曲、CD 26-27にハイドンの交響曲第99~104番を収録。オラトリオでは合唱を含めた壮麗さが際立ち、組曲と交響曲では現代には求め得ない優美を絵に描いたような演奏が聴き物だ。(3)ではCD 18“シェエラザード”とCD 34“幻想交響曲”が作品の内容を語り上手に描き出した名演で、クライマックスの迫力も凄まじい。(4)はCD 19-20に加え、CD 11、25、33も同じ趣向で、選曲自体に彼の趣味が伺え、魅惑と生命力に富んだ演奏が実に楽しい。(5)はCD 8-9にモーツァルト“後宮からの誘拐”、CD 30-31にビゼー“カルメン”全曲を収録。劇場の雰囲気を満々と湛えた演奏が素晴らしい。CD 23、25、26、29の余白に彼ならではの和気藹々としたリハーサル風景が収録されているほか、CD 7に1934年の実験的ステレオ録音のモーツァルト“ジュピター”抜粋(素晴らしい音質!)が入るなど、興味の尽きないBOXとなっている。