
ロジャー・ニコルスの手になる名曲を集めたソングブックが登場!
去る5月17日に84歳で逝去したロジャー・ニコルスは、20世紀のアメリカン・ポップスを語るうえで欠かすことのできない音楽家だった。
ニコルスがまだ無名の頃に制作されたロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ(以下SCOF)名義のファースト・アルバム『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』(68年)は、当時はまったく評価されないまま埋もれた作品と化していた。それでも日本では70年代に大滝詠一がみずからのラジオ番組で紹介したり、南青山の輸入レコード店、パイドパイパーハウス(現在はタワーレコード渋谷店内で復活営業中)がレコメンドしていたりしたことなどもあり、一部マニアの間ではソフト・ロックの聖典として秘かに語り継がれていたのである。
そして87年に世界初CD化(パイドパイパーハウス店主の長門芳郎が監修、ピチカート・ファイヴの小西康陽がライナーを担当)を果たしたことでSCOFは一躍その名を知らしめたばかりか、90年代前半の渋谷系ブームを象徴的する洋楽アンセムとして、かつてないほどの絶大な支持を得ることになった。
そんな経緯もあってか日本ではSCOFのイメージが先行しがちなニコルスだが、むしろ彼のキャリアの黄金期はSCOF以降の職業作曲家として活躍していた時代にこそあるのだ。とりわけ、作詞家でソングライターでもあるポール・ウィリアムスとコンビを組んでいた60年代後半から70年代初頭にかけては綺羅星の如き名曲の数々を残している。カーペンターズが取り上げて全米2位を記録した“We’ve Only Just Begun”や、同じく全米2位の“Rainy Days And Mondays”、スリー・ドッグ・ナイトの大ヒット曲“Out In The Country”などは、ニコルスの名前は知らなくても曲を聴いたことのある方は多いだろう。意外なところでは、少し時代が下った80年代前半にネスカフェのCMで印象的に使用されていた“The One World Of Nescafe”も彼のペンによるものだ。
ニコルスの作った曲からは、同世代の優れたソングライターであるバリー・マンやキャロル・キングの曲のようなロックンロールやリズム&ブルース的な要素はあまり感じられない。むしろ彼の楽曲が持つ柔らかく流麗なメロディーは、アーヴィング・バーリンなど古き良き戦前のティン・パン・アレー系コンポーザーの作品に通じる節があるのだが、それは父親がジャズのサックス奏者、母親がクラシックのピアニストという家庭環境に影響されたものに違いない。
今回リリースされた『The Roger Nichols Songbook』は、彼がさまざまなアーティストに提供した曲やカヴァー曲をリリース順に収録した2枚組全42曲の日本独自企画アルバムである。期せずして追悼盤のような形になってしまったものの、彼の生前から進められていた公認作品集であるため、選曲にはニコルスの意向が反映されている。世界初CD化や日本初CD化曲も数多く収められた労作だが、ここでは何曲かをピックアップして紹介したい。
まず本作で初めてニコルスに触れる方には、ケニー・リンチの“The Drifter”やアンディ・ウィリアムスの“We’ve Only Just Begun”をぜひ聴いてほしい。どちらも彼の類まれなメロディーメイカーぶりが存分に発揮された代表曲のカヴァーである。
また原曲とのアレンジの違いを楽しみたい向きには、ニーナ・ショウの“Love So Fine”やジョージー・フェイムによる“Someday Man”などのカヴァーがおもしろいかもしれない。前者はSFOC屈指の名曲であるオリジナルの昂揚感はそのままに、さらにトリッキーで豪快なアレンジが施されていて楽しい。後者もモンキーズが歌った原曲の軽やかさを踏襲しつつ、よりグルーヴィーでソウルフルな大人のテイストに仕上げている。
そして本作の目玉ともいうべき世界初CD化曲は当然どれも貴重な音源なのだが、私的にはシングル2枚しか残していないUKのマイナー・グループ、ロイヤルティが歌う“Let’s Ride”と、山下達郎が以前自身のラジオ番組で紹介していたアル・マルティーノによる“I Can See Only You”の収録が嬉しい。どちらもオリジナルはSFOCの佳曲である。
ニコルスが天に召されたことはとても悲しいが、彼の楽曲が眩いほどタイムレスな輝きを放ち続けていることを実感できる素晴らしいテキストを最期に残してくれたことを、心より喜びたい。
ロジャー・ニコルスの発掘音源集『Roger Nichols Treasury Extra Tracks』(ビクター)