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ザ・スミス、PIL、ザ・キュアー……nOrikOのルーツ

──そもそも、モーマスというアーティストのどういうところに惹かれたのでしょう?

「80年代はザ・スミスが大好きだったんです。そこからいわゆるネオアコというか、エル・レーベル周辺の音にすごく惹かれていきました。

その中でもモーマスは、やっぱりどこか〈普通の〉英米ポップとは違っていて。スコットランド出身というのもあるのかもしれないけれど、ちょっとヨーロッパ的というか、フレンチポップの香りがあるような。実際、モーマス本人もフレンチポップが好きみたいで、話していて〈なるほどな〉と思うことがたくさんありました。あと、あのボソボソ喋るような歌い方や、非常に難解で文学的な歌詞……」

──ちょっと背徳的でグロテスクな世界観というか。

「そう。どこか歪んでいて。でもその〈ねじれ〉に、私はすごく惹かれていたのだと思います」

──もともとはクラシックを学ばれていたのですよね? ピアノやヴァイオリンを習っていて、そこから音楽の聴き方が変わったきっかけとして、パブリック・イメージ・リミテッドの影響について語られていた記事を拝見したことがあります。

「本当にその通りで。それまではクラシックばかりやっていて、〈音楽はちゃんと練習して、正確に弾けるようにならなきゃいけないもの〉と思っていたんです。

でも、パブリック・イメージ・リミテッドを初めて聴いたときに、〈そうか、音楽は誰がやってもいいんだ〉と衝撃を受けました。自分で音を作っていく自由さというか、型にはまらない表現の面白さに初めて気づいたんです。ただ……あのとき練習をやめなければよかったな、と今になってちょっと思うこともありますけど(笑)」

──当時好きだった音楽として、ザ・キュアーも挙げられていましたよね。

「ザ・キュアーは本当に大好きでした。パブリック・イメージ・リミテッドより少し後だったと思います。高校生の頃、中野サンプラザでライブを観たこともあり、とても強く印象に残っています。

あの時代のUKポストパンク〜ニューウェーブの流れ、たとえばザ・スミスやザ・キュアーといったバンドが私の中に根付いていて、そこにハウスやクラブミュージックが加わっていく中で、少しずつ自分のスタイルが形になっていきました」

──アルバムの話に戻りますが、実際に一緒に制作してみてモーマスの印象はいかがでしたか?

「とにかく……とても真面目な人だなと思いましたね。スタジオ作業は、午後2時から夜中の2時までというスケジュールで、ほぼ毎日、それを1ヶ月続けたんです。私の方が〈日曜くらい休まない?〉と提案したくらいで(笑)。そのときモーマスが少し驚いた顔をして、〈僕の方が真面目で日本人みたいだよね〉と言ったのを覚えています」

 

発掘された、モーマスが実験的に作ったミックス

──(笑)。最近では『SHYNESS』収録の“NOBODY”という曲が『Heisei No Oto: Japanese Left-field Pop From The CD Age, 1989-1996』に収録されました。世代を超え、改めて評価されるきっかけにもなったのではないですか?

「正直に言うと、あのコンピレーション自体がすごく売れたという印象はあまりないのですが(笑)、配信などではじわじわと聴かれていたのかもしれませんね。“NOBODY”がそこに入ったことで、海外の人たちにも届いたというか、聴いてもらえるきっかけにはなったのかもしれません。〈この曲で知りました〉という声が直接届いたわけではないのですが、後からじわっと広がっていったような感触はあります」

──今回のリイシュー盤『SHYNESS』には、“NOBODY”のリミックスバージョンも収録されています。

「あのリミックスたちは、もともとアルバムの最終ミックスをスタジオで作っていたときに、モーマスがいろいろ実験的に作っていたものです。おそらく、1曲に対して7〜8バージョンくらいあったんじゃないかな。それらの音源がDATで残っていて、今回のリイシューにあたって発掘することができました。

完全に新しいものではないんですけど、リミックスも劇的に変わっているわけではなくて、よほど聴き込んだ方じゃないと気づかないような、ちょっとした違いです。でも、そういう細かなニュアンスの違いも含めて、楽しんでもらえたらうれしいですね」