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ロックもクラブミュージックも混ざり合っていた90年代前半の文化

──『LOVE ME』はセルフプロデュース作ですが、モーマスのプロデュースから離れてご自身で作ることになった際、どんな面を打ち出そうと思ったのでしょうか。

POiSON GiRL FRiEND 『LOVE ME』 NIPPONOPHONE/コロムビア(2025)

「『LOVE ME』の頃は、私が本当にクラブに夢中だった時期で。クラブミュージックを自分なりのやり方で表現したい、という気持ちがとにかく強かったんです。だからリズムにもいろんな要素を取り入れて、〈テクノだけ〉とか〈ハウスだけ〉といった枠に縛られないようにしたかった。まず〈こういうビートをやってみたい!〉という衝動があって、それを中心に組み立てていった感じですね。

当時の90年代前半は、クラブに集まる人たちもみんなミックスカルチャーで、ジャンルの壁がすごく緩かったんですよ。テクノが好きでもロックを聴いていたり、ハウスとパンクが同じイベントでかかっていたりして」

──確かに、あの頃はアシッドハウス的な流れも含めて、ジャンルが入り混じっていましたよね。たとえばプライマル・スクリームみたいに、ロックのミュージシャンたちがどんどんクラブカルチャーへ移行していったりして。

「まさにあの時代ならではの空気でしたよね。ジャンルをまたいだクロスオーバーが、ごく自然にできる雰囲気があって。私自身もその自由さを思いきり楽しんでいたし、自分にとってもすごく解放的な感覚だったと思います。中でもアンディ・ウェザオールは特に好きでしたね。ポール・オークンフォールドもよく聴いていました。

それが90年代後半になると、だんだんジャンルが細分化されてきて、たとえばテクノならテクノ、それも〈ミニマルしか聴かない〉みたいな感じで、どんどん狭くなっていった。私はそういう流れに窮屈さを感じてしまい、クラブミュージック自体がちょっと面白くなくなっていきました」

──ミッシェル・ポルナレフの“Love Me, Please Love Me”のカバーもとても印象的でしたが、あれはどういった経緯で選ばれたのでしょうか?

「90年代の初め頃、六本木にParadisoというカフェバーがあって、そこでレギュラーDJをやっていたんです。お店に置いてあるレコードを使って、いろんな曲をかけていたんですけど、あるときミッシェル・ポルナレフの“Love Me, Please Love Me”を聴いて、〈これ、グラウンドビートっぽくしたら面白いかも〉と、ふと思いついたんです。

当時はグラウンドビートがすごく流行っていた時期で、私自身もその流れに夢中になっていて。あの時代のソウルっぽい楽曲に違うビートを当てはめていくと、新鮮でかっこよくなるという感覚があったんですよね。“Love Me, Please Love Me”も、そんなふうに自分の感覚でビートを再構築してみたいと思っていました」

──今回ボーナストラックに収録されているのは、昨年発表された新曲と、Noriko名義での『プロヴァンスの休日』の収録曲ですが、それぞれどういう制作過程だったのでしょうか?

「『プロヴァンスの休日』に関しては、完全にプロデューサー主導のプロジェクトでした。私は歌を乗せるだけという感じで、サウンド面には一切関わっていなくて。だからこそ、Noriko名義にしたんですよね。

新曲“The October Country”は、昨年アメリカツアーが決まった時に〈せっかくだから何か新曲を出しておこうかな〉と思って作りました。アメリカは、私にとって今まであまり縁がなく、実は行くのも初めてだったんです。だから、自分なりのアメリカへのイメージや憧れ、異文化としての感覚をテーマにしてみました。

たとえば、映画ならデヴィッド・リンチが好きだったり、小説では高校生の頃に読んでいたレイ・ブラッドベリが印象的だったりして。彼の短編集に『10月はたそがれの国(The October Country)』ってありますよね。あの〈10月〉という響きや、ちょっと怖くて幻想的な雰囲気がすごく記憶に残っていて。ちょうどツアーの時期も10月だったので、ブラックベリーやハロウィン、カーニバルといったモチーフを絡めながら、少しファンタジックで、でもどこか不気味さもある世界を描きたいと思ったんです」