圧倒的な存在であり、畏怖されるもの――結成20周年を迎えた5人がふたたび過去を再定義。そこに刻印された揺るぎなきバンド像をメンバー全員で語る!!!!!

 結成20周年という大きな節目に際し、2025年のlynch.は多角的な活動展開を見せている。そこで軸になっているのは、去る4月にリリースされた『GREEDY DEAD SOULS / UNDERNEATH THE SKIN』、この9月に登場した『THE AVOIDED SUN / SHADOWS』というふたつのリテイク・アルバムだ。双方の作品では、一部すでに入手不能となっているものを含むインディーズ時代の楽曲たちがアップデートされ、彼らにとっての〈かつての理想〉が現在のバンドの状態と完全一致していることを示唆している。

lynch. 『THE AVOIDED SUN / SHADOWS』 キング(2025)

 

10年後、20年後も演奏できる曲たち

――lynch.は葉月さん、玲央さん、晁直さんの3人でスタートしていて、悠介さんは中途加入、明徳さんはメジャー・デビュー決定と同時に正式加入しています。今回はインディーズ期の楽曲を現在の5人で改めて録り直したわけですが、アレンジなどが大幅に変わっているわけではなく、曲の核となる部分がそのまま保たれているのが興味深いです。

玲央(ギター)「結成当時はとにかく長く続けられるバンドをめざしていて、10年後、20年後もできる楽曲というのを念頭において曲をストックしていけば、それは自分たちにとって財産になると考えていたんです。そんな曲たちに妙にアレンジを加えてしまうと、当時から思い入れを持って聴いてくださってきた方々には悲しい思いをさせてしまう。だから当時のテイストを保ったまま、いまの自分たちの力で演奏して、クォリティーを上げたものとしてリテイク・アルバムを作ろうという考え方でした。しかも第1弾リテイク作品に伴うツアーも充実したものになったので、かつて自分たちがめざしていたことが達成できていることを証明できたんじゃないかと思っているんです」

――今回のリテイク第2弾では、前作より現在に近い時期に出来た楽曲が再録されています。そのぶんギャップは小さかったと思うんですが、どうですか?

葉月(ヴォーカル)「僕としては前回よりも取り組みやすかったし〈なんで当時こうしたんだろう?〉と思う点が少なかったです(笑)。この第2弾のオリジナルにあたる『THE AVOIDED SUN』(2007年)や『SHADOWS』(2009年)当時の曲にもメロディーやハモりのあり方が謎だったりするものはあるんですけど、手法的にはいまにだいぶ近い感じになっているんで、いまの自分たちがそのままやることで、おのずとブラッシュアップされることになったんです」

――ある意味、現在のlynch.の音楽スタイルの基盤が固まってきた時期だった、ということですね。

葉月「振り返ってみると、3段階くらい経ながら基盤が出来ていった気がするんです。あの時期はそれが確立されていく第1段階だったと思いますね。その次の段階がメジャー・デビュー作の『I BELIEVE IN ME』(2011年)時、そして第3段階として『GALLOWS』(2014年)があったという感覚ですね。そういった過程のいちばん底の部分にあたるのが『THE AVOIDED SUN』と『SHADOWS』、というイメージです。今回は、あの頃やりたかったことをいまの自分たちなりにやってみた、みたいなイメージですね。当時はやっぱり技術も知識も足りなければ環境的にもまだまだ厳しいところがあって、頭の中に鳴っている理想の音には到底及ばなかったし、〈なんでこうできないんだろう?〉ってずっと悩み続けていた。ただ、いまの自分たちならばそれができるから、それを叶えてみたという感じですね」

葉月
玲央

――当時、加入からまだ間もなかった悠介さんとしては、バンド内での立ち位置を模索していた頃でもあったのではないかと思います。

悠介(ギター)「あの当時までは確かにそうでしたね。 シングル“Adore”(2008年、のちに『SHADOWS』に収録)のカップリングで “an illusion”をやることになったときに、僕の好きなディレイ・フレーズとかが解禁になったようなところがあって(笑)。それを機に自分の色、キャラクターというのをより色濃く発揮できるようになってきて、バンドとしても、自分自身としても、そういったものを出せるようになったのがあの時期だったように思います」

――明徳さんはこの2枚についてはどう思っていましたか? 当時はリスナーの側だったわけですよね。

明徳(ベース)「まさにそうでした。『THE AVOIDED SUN』はCDを借りて聴きまくってましたし、“Adore”については深夜のラジオで初めて聴いたんです。それがlynch.の曲とは知らずに〈めちゃくちゃカッコいいな。日本のバンドだよな〉とか思いながら聴いてたんですけど、実はそれが、葉月さんが当時やっていた番組だったんです(笑)。自分的には海外のバンドをいろいろとチェックしまくっていた時期でもあったんですけど、同じ時期にあの曲も繰り返し聴いてましたね」

――これらの作品が世に出た2007年から2009年にかけての頃、lynch.はどのような状況にあったんでしょうか? 2010年にはインディーズ最後のツアーが行なわれ、その翌年にはメジャー・デビューに至っているわけですが。

玲央「いろいろと大変な時期でした。2007年当時は、ワンマンライヴをやることよりもイヴェントに出演する機会が多かったですね。俗に言うラウド・ロック系のバンドが徐々に増えてきていた頃で、そういった傾向のイヴェントに呼ばれる機会も多くなってきて。初めて一緒にやるようなバンドも多かったんですけど、そんななかで〈lynch.というバンドの音をお客さんの記憶に残してもらうためにはどうすればいいのか〉ということを凄く考えていました。そこで頭ひとつ抜きん出なければもう来年は生き残れない、というくらいの危機感をもって作ったのが『THE AVOIDED SUN』でした。このタイトル自体も僕が提案したもので、まず〈太陽のように絶対的な存在になりたい〉という願望があり、そこでイヴェントの共演者たちに〈あいつらとは一緒にやりたくない〉と思わせられるぐらいでありたいと思ったんです」

悠介

――つまり、〈周りのバンドたちから避けられる太陽〉ということなんですね?

玲央「ええ。それぐらいの脅威になり得る存在になりたかったわけです。ただ、そうやってガムシャラにがんばっていた頃、ある事務所に一時期所属していたんですけど、結局そことは折り合いがつかず辞めることになり、そのために3か月間ほど表立った活動ができなくなった時期があったんです。そして、それを経たうえで出したのが『SHADOWS』でした。事務所を離れたことで作品のグレードが下がったとは思われたくなくて、借金までして、見栄を張ってでも良いものを作ろうとした結果として生まれたのがあのアルバムだったんです」

葉月「確かにいろいろとあった時期でしたね。ラウド系のバンドが増えていたのと同時に、ヴィジュアル系のなかにもヘヴィーな方向に移行していくバンドが増えつつあった頃であって、そういった他のバンドたちに差を付けたいという気持ちも強かった。そこで気付かされたのは、ヘヴィーで激しいバンドが多いなか、鉄板みたいにメタリックではあっても奥行きや空気感が欠けているケースが多いということで。そこで『THE AVOIDED SUN』で求めようとしたのは色鮮やかさでした。ヘヴィーなリフの上でシャウトするのは誰でもやることですけど、そうじゃない曲のメロディーを考えていたときに試しにシャウトしてみたら、まさに感情が爆発してる感じになった。そんな発見があったことも大きかったですね」