不朽のイノセンス
〈星へ〉を意味するラテン語のタイトル、宇宙服を纏ったアーティスト写真やアートワークからも明白なように、『Ad Astra』は〈宇宙〉をテーマに据えた作品だ。そこに、“Jack Names The Planet”やバンド屈指の人気曲“Girl From Mars”、メンバー自身と彼らの大好きな「スター・ウォーズ」が生まれた年をタイトルにしたファースト・アルバム『1977』など、宇宙やSFへの屈託のない愛を作品で表現していた若きアッシュの面影を見ることもできるだろう。そんな新作の幕を開けるのは、映画「2001年宇宙の旅」でおなじみ〈ツァラトゥストラはかく語りき〉こと“Zarathustra”の豪快(で笑える)カヴァーだ。
「実際、このアルバムで最初に作ったのは“Zarathustra”だったんだけど、それに引っ張られるように宇宙のモチーフが沸き上がったんだ。たぶん今年“Girl From Mars”が30周年だったことも関係していると思う。あと、宇宙を想うのは〈逃避を願う〉や〈より良い世界をめざす〉ということでもあるよね。それにはいまの世界の状況も関係しているんじゃないかな。宇宙飛行士が宇宙に行ったあと、人間がどんなにちっぽけな存在かわかったみたいな話をよくするじゃない? ああいう感覚が大切だなと感じていたし、それを作品にも入れたかったんだ」。
新機軸ともいえるジャングリーなネオアコ調“Which One Do You Want?”、コズミックなファンク・ロック“Deadly Love”、オールディーズ譲りのメロディーをパワー・ポップでまとめたアッシュ印の“Give Me Back My World”、流麗なストリングスが印象深いアコースティック・バラード“My Favourite Ghost”など、音作りやアレンジは多彩。また、ハリー・ベラフォンテのカリプソ定番をガレージ・パンクにトランスフォームさせた“Jump In The Line”もゴキゲンだ。
「もともと、ライヴの終演の合図として、“Jump In The Line”のオリジナル版をかけていたんだよね。その流れで〈自分たちでもやればいいんじゃない〉とラモーンズ・スタイルでカヴァーしてみた。リズムを変えてもパーティー・ソングとしての魅力は変わらない、良いヴァージョンに仕上げられたと思う。“Deadly Love”は、当初の予定だったシンセ・ポップのアルバムから唯一『Ad Astra』に入れた曲だね」(ティム)。
最大のトピックは、“Fun People”“Ad Astra”の2曲にブラーのグレアム・コクソンが参加していることだろう。お互いのファンだった両者は90年代からの友人関係だが、2014年にティムは映画用にオファーされた音楽の制作にグレアムを招いていたという。その楽曲自体はお蔵入りになったのだが、グレアムはウェイヴを始動した頃に、2人で取り組んでいた曲を聴き直していたそうだ。それを知ったティムは喜ぶと共に再度の共同作業を熱望、今回のコラボをオファーした。
そして作り上げられた2曲のうちリード・シングルにもなった“Fun People”は、どこかブラーの‟Song 2”を思わせる、タイトなドラムと小気味よいフレーズの応酬が続いた果てにシャウトが爆発するグランジ・バンガー。もう一曲の“Ad Astra”はスペーシーなシンセのリフレインとダイナミックなアンサンブルが『Who’s Next』期のザ・フーにも似たビッグなアンセムだ。グレアムは持ち前のトリッキーなギターのみならずレイジ―な歌声でも2曲に味わいを加えている。
「グレアムとの制作は超最高だったよ! 彼に自由を与えたら〈そんなアプローチがあったのか!〉と驚くようなことばかりしてくれるんだ。ギタリストとして凄いのはもちろんだけど、ヴォーカリストとしても魅力的だよね。UKでは2回一緒にライヴをやったんだけど、それもジャストフィットだった」(ティム)。
これまで数多の名曲をモノにしてきたティムのソングライティングは、ここにきてさらに冴え渡っている印象で、ミステリアスな女性(ガール)やここではない場所を夢想するモチーフの多い歌詞も相まって、作品全体にロマンティシズムや蒼さが瞬いている。30年のキャリアを持ち、もはやミドルエイジも後半にあたるバンドの作品だとは誰が信じられようか。星々の輝きがいつの世も変わらないように、アッシュの音楽には不朽のイノセンスが煌めいている。
左から、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの2025年のシングル『MAKUAKE / Little Lennon』(キューン)、ハリー・ベラフォンテのベスト盤『The Legacy Of Harry Belafonte: When Colors Come Together』(Legacy)
グレアム・コクソンの近年の参加作。
左から、ウェイヴの2024年作『City Lights』(Transgressive)、ブラーのライヴ盤『Live At Wembley Stadium』(Parlophone)