女優・中谷美紀は歌手活動をしていたことも知られており、坂本龍一のプロデュースで名作を残していることは有名だ。そんな当時を象徴する名曲“MIND CIRCUS”を収録した1stアルバム『食物連鎖』がリリースされたのは1996年9月4日。坂本だけでなく豪華な作家陣が参加した名盤が30周年を迎えたこと機に、音楽ライター・デンシノオトが本作を改めて掘り下げる。 *Mikiki編集部

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中谷美紀 『食物連鎖』 güt(1996)

 

J-POP転換期に〈ポップスとは何か〉を問い直した坂本龍一

1996年、日本のポップミュージックは大きな転換期にあった。小室哲哉が手がけたglobe、安室奈美恵、華原朋美、TRFらがヒットを連発し、鋭いデジタルシンセサイザーと生き急ぐようなビートが時代を象徴していた。阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件を経た社会は、1994年まであったバブルの残り香が消え去り、社会は一気に暗くなり、切迫したムードになっていった。

そんな〈小室ブーム〉の只中に発表されたのが、中谷美紀の『食物連鎖』である。1996年9月4日にリリースされたこのアルバムは、同じJ-POP市場にありながら、まったく異なる音楽・音響感覚を持っていた。坂本龍一による繊細なメロディとフランス印象派的なコードワーク、中谷の透明な声。小室サウンドとは方法論を異にしながらも、そこには90年代特有の翳りがあり、1996年という時代の空気に自然に溶け込んでいた。坂本は時代の空気をとらえるのが常に巧みだった。

坂本自身の楽曲だけでなく、小西康陽、大貫妙子、森俊彦、アート・リンゼイ、ヴィニシウス・カントゥアリアら、異なる音楽的背景を持つ作家の楽曲を集め、それらを中谷の声を中心に一枚へまとめ上げた(坂本が主宰したレーベルgütという場も、その方向性を象徴している)。あえていえば〈女優・中谷美紀〉を〈監督・坂本龍一〉が演出するようなアルバムとでもいうべきか。

しかし重要なのは、『食物連鎖』を小室哲哉への〈アンチテーゼ〉として捉えないことだ。坂本と小室はテレビ番組などで対談し、坂本は小室のヒット曲を生み出す才能を高く評価していた。2人は対立するのではなく、異なる方法論によって同じ時代のポップミュージックを更新していたのである。あの時期の坂本は巨大化するJ-POPを外側から批判したのではない。その内部に身を置きながら、別の方法で〈ポップスとは何か〉を問い直していた。

この時期の坂本は、電子音楽を基盤に、ブラジル音楽、ジャズ、クラブミュージックなどをポップスへ取り込む方法を追求していた。『sweet revenge』『SMOOCHY』では多様な音楽的要素を横断しながら、〈歌〉のための音楽へ接近している。中谷が参加し、坂本とデュエットを披露した『SMOOCHY』収録の“愛してる、愛してない”もその流れにあり、『食物連鎖』は、そこで培われた方法論をさらに推し進めた作品だった。

 

中谷美紀の声を〈質感〉として音楽へ溶け込ませた音響

『食物連鎖』で最初に耳を引くのは、中谷の声の扱いである。中谷は、歌唱力そのものを前面に押し出すタイプのボーカリストではない。坂本はその弱点を補おうとはしなかった。むしろ、声そのものを質感として音楽の内部へ組み込んだのである。

声は旋律を伝えるだけではない。シンセサイザー、ストリングス、リズムと並ぶ一つの音響要素として機能している。それが端的に表れているのが、シングルとしても発表された“MIND CIRCUS”と“STRANGE PARADISE (Paradise Mix)”だ。

アルバム冒頭の“MIND CIRCUS”は、90年代の坂本龍一が書いたメロディのなかでも、とりわけ優れた一曲だろう。90年代的なループするリズム、透明感のあるシンセサイザー、ジャズやブラジル音楽を思わせる和声。それらが過剰な技巧を感じさせることなく、一つのポップソングとして成立している。中谷の声はその音楽に溶け込みながら、旋律の輪郭だけを静かに浮かび上がらせる。そのため“MIND CIRCUS”は、典型的な90年代J-POPの構造を備えながら、サウンドそのものはそこから距離を取っている。強烈なフックで一瞬にして聴き手をつかむのではなく、繰り返し聴くことで細部が見えてくるタイプのポップソングだ。

2曲目の“STRANGE PARADISE”では、その音響設計がさらに明確になる。透明なシンセサイザー、室内楽的なストリングス、抑制されたリズム、そして中谷の声。それぞれが主従関係をつくらず、端正に折り重なることで、美しくも儚い音像を形成している。

4曲目の“汚れた脚 The Silence of Innocence”、6曲目の“WHERE THE RIVER FLOWS”、7曲目の“TATTOO”といった坂本作品にも、同じような密室性が漂う。なかでも“TATTOO”は、アルバム唯一の中谷作詞曲。美麗なボーカルとメロディの背後で、トラックにはスライ&ザ・ファミリー・ストーンを思わせる密室的なファンクの質感がある。坂本流のファンクという意味では、『SMOOCHY』収録の“INSENSATEZ”の延長線上に位置づけることもできるだろう。

作詞を手がけた売野雅勇の存在も大きい。『SMOOCHY』収録の“美貌の青空”に続く起用であり、“STRANGE PARADISE”の〈J.L.G(ゴダール)の“マリア”をレイトショーで観てた〉といった言葉は、80年代から90年代初頭の東京に漂っていた都会的な孤独を切り取っている。

 

エレポップからフランス印象派、前衛音楽、ジャズまで多要素が共存

もっとも、『食物連鎖』は坂本作品だけで構成されたアルバムではない。大貫妙子によるエレポップ“my best of love”、ヴィニシウス・カントゥアリア作曲、高野寛作詞、坂本龍一編曲によるブラジリアンアレンジの“色彩の中へ”、高野寛作詞、森俊彦作曲・編曲によるエレクトロポップ“LUNAR FEVER”、アート・リンゼイとヴィニシウス・カントゥアリアによる“sorriso escuro”など、異なる背景を持つ作家の楽曲が並ぶ。

フランス印象派的なポップス、渋谷系、ブラジル音楽、エレクトロポップ、ニューヨークの前衛音楽。音楽的にはかなり離れた場所にある要素が、一枚のアルバムのなかで共存している。

そのなかでも、小西康陽が作詞・作曲・編曲を手がけた“逢いびきの森で”は突出している。PIZZICATO FIVEで知られる小西は、1960年代ポップス、ジャズ、ラウンジ、映画音楽などを自在に引用しながら独自の世界を築いた。この曲では、そうした引用の巧みさ以上に、作曲家としての構築力が前面に出ている。

バロック音楽を思わせるストリングスの対位法的な動きに、ジャズのテンション、木管楽器やピアノの繊細な陰影が重なり、1960年代ヨーロッパ映画のサウンドトラックを思わせる気品を生み出す。そこへ中谷の抑制された歌唱が加わることで、旋律の美しさが際立つ。バロックの構築性、ジャズの洗練、映画音楽の叙情性、日本語ポップスの親しみやすさ。そのすべてが均衡した、小西の90年代を代表する名曲の一つといえる。

 

1996~1999年の坂本龍一がポップスを拡張した〈もう一つのJ-POP〉

『食物連鎖』で坂本が行ったのは、自分の音楽性をすべての曲に押しつけることではない。異なる作家の個性を残しながら、中谷の〈声〉を軸に一枚の作品として統合することだった。この方法は、翌1997年の大貫妙子『LUCY』にもつながっていく。透明な声、美しい和声、端正なビートによって、時代の流行から少し距離を置いたポップスをつくるという姿勢は共通している。同時期の坂本美雨との仕事も重要だ。TVドラマの主題歌にもなった1997年の“The Other Side of Love”から『aquascape』『DAWN PINK』へと続く活動には、坂本が〈歌声そのもの〉をいかに音楽化するかを探究していたことが見える。『食物連鎖』は、その探究における最初の大きな達成だった。

その後、中谷とのコンビは1997年の『cure』、リミックスアルバム『vague』、そしてレーベルをWEA JAPANへ移した1999年の『私生活』へと続く。1996年から1999年。わずか3年だが、坂本がJ-POPの内部でポップミュージックの可能性を探った、きわめて重要な期間だった。

2000年代以降、坂本の関心は、〈音そのもの〉へと重心を移していく。カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネスら電子音響のアーティストとのコラボレーションを経て、『out of noise』や『async』へと至る晩年の音楽を振り返ると、90年代に中谷美紀との仕事を通して探究された〈声〉と〈音響〉の繊細なレイヤーが、その後の音楽へ別の形で継承されているようにも聞こえる。

1996年のJ-POPには、巨大なヒットチャートとは別の時間も流れていた。『食物連鎖』は、その時間を現在まで静かに伝えるアルバムである。

坂本が1996年から1999年にかけて提示した〈もう一つのJ-POP〉は、流行を再現するための音楽ではなかった。異なる音楽性を受け入れ、声そのものを音響として扱い、ポップスの可能性を内側から拡張した。その選択があったからこそ、『食物連鎖』は約30年を経た現在も、単なる90年代の記録ではなく、一つの独立したポップアルバムとして聴き継ぐことができるのである。