歌声と演奏でつむがれる音楽の自由
アルージ・アフタブの存在を知ったきっかけが何だったのか思い出せないのだが、22年ごろに『ヴァルチャー・プリンス』を聞いて印象に残ったのは、これまでのインド亜大陸出身アーティストとは音楽のたたずまいがちがうということだった。
われわれが知っているインド亜大陸の音楽は、古典音楽からボリウッドの映画主題歌まで、概してきわめて様式度が高い。それはたとえば、旋律形のラーガやリズムの規則ターラといった伝統的な理論を生かした曲作り、微分音の使用、音が伸びてうねるポルタメント傾向などに顕著に見られる。
後者はビートルズのジョージ・ハリスンを魅了した弦楽器シタールの持続する響きを想い浮かべるとわかりやすいだろう。ギターやマンドリンやヴァイオリンのような楽器も、インド亜大陸に入ると、郷に入れば郷に従えとばかりに、ウイイイイイ~ンと残響の長いスライド方式で演奏されたり、そういう音が出しやすい楽器に改造されたりしてしまう。ボリウッドのスローな歌、特に後ろ髪を引くようなねっとりとした女歌の抑揚もそうだ。
パキスタン出身のアル―ジの歌声にも、その特徴はある。ただし濃厚なご当地風ではなく、さらっとして薄口。声質もボリウッドの女性歌手の金太郎飴のような高音の歌声とちがって、ロックに似合いそうなアルトだ。
少女時代から彼女の周りには伝統的な音楽があった。しかし同時にパキスタンのロックやビリー・ホリデイやマライア・キャリーの音楽に親しみ、最初にSNSで注目されたのがレナード・コーエンの“ハレルヤ”のカヴァーだったというエピソードが、彼女の資質や志向を物語っている。
バークリー音楽大学でプロデュースやエンジニアリングやジャズの作曲を学んだ後、ニューヨークで映画の編集に携わりながら、アンダーグラウンドなシーンで主にジャズやエレクトロニックなミュージシャンと交流していたという経歴も、彼女がめざすものが伝統的な音楽でなかったことを教えてくれる。
彼女は主に母語のウルドゥー語でうたっている。それはパキスタンだけでなく、インド西部にまたがって使われている言葉で、その詩の朗読から派生したガザルというセミ・クラシカルな音楽のジャンルは、90年前後のワールド・ミュージック・ブームのころ日本にも紹介された。
インド系イギリス人ナジマの“プカル”もそのひとつで、彼女がアンビエントな和音の海を背景にうたう映像は、大手都市銀行のCMに使われ、テレビでよく流れていた。ポップ・ガザルの人気歌手パンカジ・ウダースはクラブ・クアトロで日本公演も行なった。
以前インタヴューしたとき、アル―ジは「古典的な声楽を学んだわけではない。もしわたしの音楽からそういう要素を感じるとしても、意図してやっているわけじゃない」と伝統音楽からの直接的な影響は否定していた。
とはいえ、われわれの耳に彼女の歌声はやはりインド亜大陸のものに聞こえる。歌詞がインド亜大陸の古典詩にとどまらず、西アジア各地の古典を参照していることも彼女は認めている。