©Meron Menghistab

 狭義のジャズにとどまらない越境型のアーティストを受け入れてきたブルーノートが、今度はコーシャス・クレイを獲得した。メジャー・デビューは今回が初めて。だが、この6年近くの間に自身の作品を出しながら多くの大物たちとコラボをこなしてきた彼はすでにメジャー級の存在で、初期の頃にビリー・アイリッシュの曲でリミックスを手掛け、デビュー・シングル“Cold War”がテイラー・スウィフトの曲に引用されるなど、ポップスターたちとのエピソードにも事欠かない。

CAUTIOUS CLAY 『Karpeh』 Blue Note/ユニバーサル(2023)

 新作『Karpeh』のタイトルは、本名ジョシュア・カルペの苗字に由来する。また、そこからの先行シングル“Ohio”は出身地のオハイオ州(クリーヴランド)にちなんだものだ。ここから察しがつくように、今作では自身のルーツに立ち返り、自分自身を見つめ直しながら、過去から未来へと向かう人生の旅を描いている。そのコンセプトに沿ってアルバムは、〈The Past Explained〉〈The Honeymoon Of Exploration〉〈A Bitter & Sweet Solitude〉という3パートで構成。加えて、音楽表現においても自身のルーツであるジャズを掘り下げている。初めてのフル・アルバムとなった前作『Deadpan Love』(2021年)がR&Bシンガー然としたヴォーカル作品だったのに対し、今作は自身が吹くサックスやフルートを中心とする演奏パートに比重を置いた作品になっているのだ。

 クレジットでは、ヴォーカリストとしてコーシャス・クレイと記載される一方、楽器奏者としては本名でジョシュア・カルペと記載されている。7歳でフルートを習い、高校のジャズ・バンドでサックスをプレイ、ジョージ・ワシントン大学で作曲やプロデュースと共にジャズ・サックスを学んだ彼にとっては、楽器を操る姿こそ本来の自分だという思いがあるのかもしれない。“Karpehs Don't Flinch”でのサックス・ブロウは完全にジャズ奏者のそれだし、“Fishtown”ではシンガーであると同時にフルート、シンセ、ギターを操るマルチ奏者ぶりを印象づける。また、本編ラストの“Moments Stolen”は、2018年のEP『Blood Type』で披露した歌モノのバラード“Stolen Moments”のタイトルを逆転させ、自身のサックスを加えて尺を延ばしたものだが、ここでも楽器奏者としての側面を打ち出している。

 ブルーノートへの移籍で、レーベル仲間を含めた気鋭のジャズ・ミュージシャンたちとの共演が実現したことも大きい。とりわけジュリアン・ラージとは密にコラボを行い、彼のジャズ・ギターは、ジョエル・ロスもヴィブラフォンで参加した“Blue Lips”のようなインスト系の曲だけでなく、“Another Half”や“Unfinished House”といったソウルフルなヴォーカル・ナンバーでも饒舌になりすぎない程度に存在をアピールする。それでも圧倒的なのは、コーシャスもといジョシュア自身のブロウするサックスだ。ショーン・リックマン(ドラムス)とジョシュア・クランブリー(ベース)の俊敏なリズムに乗る“The Tide Is My Witness”、同様のスピード感でイマニュエル・ウィルキンスのアルト・サックスとアンブロース・アキンムシーレのトランペットを交えてテナーを炸裂させる“Yesterday's Price”でのアグレッシヴなプレイには息を呑む。

 もちろんヴォーカル表現の追求も忘れていない。“Ohio”や“Repeat Myself”といったファンクネスを感じるネイキッドなソウルで裏声混じりのビタースウィートなヴォーカルを披露する彼は〈コーシャス・クレイ〉そのもの。“Glass Face”では、アルージ・アフタブも参加したコーラスで神秘的かつ壮大な音世界を創り出している。

 ブラクストン・クックやマセーゴ、ドラン・ジョーンズなどと同じく、ソウルフルな歌い手でありながらサックス奏者としての非凡なスキルとセンスを見せつけた『Karpeh』で、彼の活動範囲はさらに広がっていきそうだ。

 


コーシャス・クレイ
オハイオ州クリーヴランド出身、93年生まれのR&Bシンガー/ソングライター/マルチ演奏家。ジョージ・ワシントン大学に在学中から音楽制作を始める。2017年に初音源の“Cold War”を発表。翌年のEP『Blood Type』が話題となり、ジョン・レジェンドやベニー・シングス、ジョン・メイヤーらの楽曲に参加していく。2021年に初のフル・アルバム『Deadpan Love』を発表。今年に入ってブルーノートと契約し、このたびニュー・アルバム『Karpeh』(Blue Note/ユニバーサル)をリリースしたばかり。