テクノロジーをエンジンに加速する若きクリエイターのクリエイティビティ

 前号で速報した〈音楽クリエイター育成プロジェクトTokyo & Paris to the NEXT〉は東京文化会館とフランスのIRCAM(国立音響音楽研究所)の協働による音楽クリエイター育成を旗印に、準備期間をふくめると2024年から29年の足かけ5年にわたり、3名の作曲家と1名のエンジニアが年ごとに順を追うかたちで渡仏し、IRCAMでの滞在制作などを経て、パリでの世界初演、東京での国内公演をめざすというもの。息の長い本格的なプロジェクトだが、その最初の育成対象者、向井響は昨年から準備をすすめ、暮れには作品の制作にとりかかっている。

 「(昨年の)12月に5日間、ポンピドゥーセンターのIRCAMに滞在し、施設内のコンピュータに、以前共演した女義太夫の声を学習させて、それを機械から歌わせるという実験をしました。IRCAMのコンピュータ音楽デザイナー、セルジュ・ルムトンと一緒に、40分くらいの音声ファイルを元にAIをつかい何度も学習させることでモデル化する試みです。3日間の学習でしたが、浄瑠璃の声の質、歌うときのかすれた感じなどはうまく再現できるようになりました」

 聴いてみます?といってスマホで聞かせてくれた音声ファイルはなるほど、浄瑠璃の語りの質感を巧みにとらえたなかなかの仕上がり。ただそれだけだと生成AIなど既存のテクノロジーとの差異化が不分明だが、そこはMaxを生み出したIRCAMである。西洋音楽の大系の外にあって、ノイズを多分にふくむ伝統音楽であっても、科学的なアプローチの前では音という現象としてひとしなみであるといえばいいだろうか。母語話者には言葉の意味の面では違和感は避けられないにしても、再現の精度は並ではなかった。向井の構想ではこれらのモデルに音程のある楽器の情報を入れ、女義太夫の声としてアウトプットするような作品をイメージしているという。上演にあたっては360度四方にスピーカーを配置したIRCAMのプロジェクションスペースで、3名の弦楽器、フルートと打楽器からなる5人のアンサンブルをライブエレクトロニクスに集約し、空間を移行する音響として再生するなかで、器楽の音がしだいに(女義太夫の)声に変容していくというようなやり方を現段階では考えていると向井はいう。いわば連作“機械の肌”や“美少女革命”はじめ、向井がこれまで培ったライブエレクトロニクスの知見と、昨年生誕100年を迎えたピエール・ブーレーズの肝入りで設立した電子音楽の聖地IRCAMとの幸福な出合いともいえるが、今回のプロジェクトにのぞむにあたってはプレッシャーを感じる場面もあった。

 「どうしよう、と思ったこともありましたよ(笑)。今回一緒に作業をしたセルジュだってフィリップ・マヌリとかルカ・フランチェスコーニの電子音をやっていますし、サーリアホが使ったスタジオなんだと思うと、あらためて歴史を感じます。でもだからこそ今回は自分の色をとにかく出したい。僕はいろんなジャンルを混ぜるのが好きなので、エレクトロニカやテクノ、エクスペリメンタル音楽などの文脈を混ぜてかっこいいものをつくりたい。セルジュにアイデアの断片を聴かせたら、それ本当にここでやるの、とはいわれましたけど、いいんじゃない、ともいってもらえたので、新しいこと、IRCAMの研究の文脈でも新しいことに挑戦していきたい」

 若手クリエイター育成の主旨にかなう冒険精神といえるが、向井響は挑戦の先に自身の色が出てくるとも述べている。ここでいう向井の〈色〉とは幾多のオーケストラと器楽曲をものし、自国の人形浄瑠璃はむろんのこと、留学先のポルトガルの人形劇団とコンタクトをとり、あまつさえ来日公演まで実現してしまう行動力、いささか蛇足めくが、オウテカからレゲトンまで愛聴するおおらかな音楽的胃袋をそのうちに含み込み、いまにも広がろうとする階調の謂いである。

 「作品をいかに伝えるということにかんしては、曲を書く前も後も、演奏される前も後も不安がつきまといます。最後は神頼みになりがちですが(笑)、だからといって難解さを回避しても、さまざまな価値観をもつ人々全員が好きになってくれるような音楽を書くのは難しいと思うんです。そこはとにかく作品に妥協しない。最初から最後まで自分がつくってみて、とにかく完成度を上げることを優先したいというのはあります」

 2027年のお目見えをいち音楽ファンとして期待して待ちたい。

 


向井響(Hibiki Mukai)
1993年、静岡市生まれ。3歳よりピアノと作曲を学ぶ。桐朋学園大学音楽学部作曲科卒業、同研究科修了。ハーグ王立音楽院ソノロジー研究所修士課程に留学。2019年同大学院を最優等の成績で修了。これまでに作曲を大久保みどり、愛澤伯友、石島正博、莱孝之、リチャード・バレット、ウィム・ヘンドリクス、ピアノを稲田礼子、斎木隆の各氏に師事。これまでにローソン・メイ賞(イギリス)、マリン・ゴレミノフ国際作曲賞(ソフィア)を受賞。

 


LIVE INFORMATION
音楽クリエイター育成プロジェクト成果発表
プレミエ・コンサート

2027年2月26日(金)浜離宮朝日ホール 音楽ホール
開演:19:00

■曲目
向井響:新曲委嘱作品(エレクトロニクスを含む)日本初演
向井響:新曲(弦楽四重奏)世界初演 ほか

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