この音楽には希望が込められているかもしれない――前作でブレイクを果たしたレイがさらに大胆不敵で情感豊かな姿を露わにする。2026年の最重要作品が登場!

 レイは10代だった10年前にメジャー・デビュー。以後ソングライターとしてチャーリーxcx、リタ・オラ、ビヨンセら英米のビッグネームに関わり、メジャー・レイザーやデヴィッド・ゲッタなど多くの作品に客演してきた。一方で自身はヒットを求められるのにアルバムを出させてもらえず、レーベルとの契約を解消。2021年にインディーで再出発し、2023年発表の初フル・アルバム『My 21st Century Blues』で業界への怒りや身体醜形障害の経験を歌って大ブレイクした。ブリット・アワードでは歴代最多の6冠、グラミー賞でも客演作のラッキー・デイ『Algorithm』を含め4部門にノミネート。英国を飛び越えてスターとなった彼女の3年ぶりのスタジオ録音アルバム『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』は、その勢いと創作意欲を注ぎ込んだ大作だ。

RAYE 『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』 Human Re Sources(2026)

 勇壮なブラスが往時のビヨンセを思わせる先行曲“WHERE IS MY HUSBAND!”が昨年から欧米で大ヒット。結婚相手を必死に探し、切羽詰まった状況を歌うパンチの効いた一曲だ。そして、〈この音楽には希望が込められているかもしれない〉と謳う今回のアルバムでは、辛い時期を過ごす友人を気遣う“I Know You’re Hurting.”など、自分だけではなく他者へも視線を向けている。本作ではそんな気持ちや感情を四季の移ろいになぞらえてもいる。

 前作の右腕でもあった若き名匠マイク・サバスを中心に、制作は2023年後半からスタート。ロイヤル・アルバート・ホール公演で大編成オーケストラと共演したことも後押しとなり、レイは映画監督さながらに物語を組み立てる。“Click Clack Symphony.”では〈シンフォニーが欲しい〉と映画音楽の巨匠ハンス・ジマーに制作を依頼し、ナッシュヴィルのオーケストラによる壮大なストリングスを導入。ヒールが床を打つ音も交え、これを含むアルバム全体が大作映画のようにドラマティックに展開する。映画のエンドロールよろしく関係者の名を読み上げるラストの“Fin.”まで、前作の多彩な音楽性は保ちつつ、破綻なく一本の線で貫かれたコンセプト作だ。

 嵐をくぐり抜け、曇り空の下に佇む女性を描くイントロから、“I Will Overcome.”で〈困難を乗り越える〉と宣言する序盤も、まるで映画の幕開けだ。同じブリット・スクール出身のエイミー・ワインハウスと比較され、ネットで揶揄された経験をパパラッチに追われていた生前のエイミーの姿と重ねて描くあたりは現在の彼女らしい余裕か。モッド感覚の60s風ビートで跳ねる“Beware.. The South London Lover Boy.”や、終盤でビッグバンド化する“The WhatsApp Shakespeare.”で軟派な男に騙されるなと軽やかに警鐘を鳴らすあたりも痛快だ。

 “Winter Woman.”や“Life Boat.”ではウィークエンドにも通じるアンビエント〜EDM的な音像を纏い、悲劇の主人公を歌いながら前進を諦めない強さを示す。“I Hate The Way I Look Today.”でも小気味よいビッグバンドの演奏で自己嫌悪を笑い飛ばすかのようだ。〈陽気に聞こえるかもしれないけど悲しい歌〉と歌いはじめる“Goodbye Henry.”ではアル・グリーンが人生の指南役のように寄り添い、メンフィス・エレガンスを注入。以前アルが出したルー・リード“Perfect Day”のカヴァーにレイが参加した縁だろう。ここから熱くストレートなソウル歌唱を聴かせるバラード“Nightingale Lane.”へと続き、アレサ・フランクリン“Rock Steady”に着想を得たようなファンキー・ソウル“Skin & Bones.”で体目当ての男にノーを突きつけ、“WHERE IS MY HUSBAND!”へとなだれ込む展開もスリリングだ。

 メジャー離脱後の彼女は、信頼できる両親をマネージャーに据え、本作には家族からの励ましも楽曲に刻んだ。ゴスペル風のバラード“Fields.”では同じく音楽業界で似た経験をした祖父マイケルが声を挟み、レイの苦悩と響き合う。また、ジェイムズ・ブラウンのヴォーカル・ループで始まるディスコ・ハウス“Joy.”では2人の妹アマとアブソルートリーと解放の喜びを歌い、最後は“Happier Times Ahead.”で曇り空が晴れていくような希望へと導く。

 オーケストラを含む壮大なサウンドとコンセプト。本作で彼女は現代ポップスのミニマル志向とは逆のマキシマリズムをあえて選び取ったと言う。SNSに左右され、AI化が進む音楽業界に対する抵抗か。曲単位ではなくアルバム全体として創造性を深めた傑作だ。

左から、レイの2023年作『My 21st Century Blues』(Human Re Sources)、レイが客演したジェイドの2025年作『That's Showbiz Baby!』(RCA)、マヘリアの2023年作『IRL』(Atlantic)