バロック様式のチェロが描く壮麗な軌跡と、聖性と官能の間を妖艶に行き交う唯一無二の歌声――2019年にチェリスト/シンガー・ソングライターのケルシー・ルーが発表したデビュー・アルバム『Blood』は、クラシックの厳格な素養とエクスタティックな実験ポップを高次元で融合させた、極めて野心的な第一声、マニフェストであった。
それから約7年。映画や現代美術、ファッションといった領域をも軽やかに横断し、音楽の枠に留まらない表現の地平を押し広げてきた彼女が、待望のセカンド・アルバム『So Help Me God』をリリースした。UKのレーベル、ダーティ・ヒットへの移籍第1作となる本作は、前作の豊潤なオーケストラル・サウンドをさらに変容させたうえで、一切の妥協なく完成された傑作だ。
この7年間、ルーは決して沈黙していたわけではない。コンポーザーとして映像世界へと表現を大きく拡張し、A24製作の映画「アース・ママ」やNetflixのドキュメンタリー「ドーターズ」のオリジナル・スコアなどを手掛けてきた。ポップソングの固定化された枠組みから離れ、映像の持つ〈余白〉や闇の深さを音響効果として空間的に描き出す。こうしたアプローチの制作を通じて培われた映画音楽家としての眼差しこそが、本作における立体的かつ情景豊かなサウンドスケープの最大の源流となっている。
サウンド面における最大の進化は、その複層性と映画的なダイナミズムにある。イヴ・ロスマン(FKAツイッグス、ブロンドシェルなど)、ジャック・アントノフ(サブリナ・カーペンター、ラナ・デル・レイなど)という名うてのプロデューサー陣との共同作業により、本作はかつてないほどの鋭利さと、アリーナ・スケールのポップの輝きを同時に獲得した。ルーいわく、彼らとの制作プロセスのなかで純粋な〈遊び〉の精神を取り戻したという。
その交歓の精神は、アルバムに招かれた豪華なゲスト陣との有機的なケミストリーにも表れている。幕開けを飾る“Reaper”では、元ソニック・ユースのキム・ゴードン、カマシ・ワシントンらが集い、刃のように研ぎ澄まされたディストーション・ギターと野性的なサックスが激しく交錯。また、元チェアリフトのパトリック・ウィンバリーと共作した“Cutting Off The Head Of A Ghost”では、ローマの児童合唱団を迎え、クィアとしてのしなやかな感性を荘厳な次元へと導いている。
一方で、リード・シングル“Running To Pain”では、みずからを犠牲にする対象へと祈るような魂の叫びが響く。性急なドラムンベースのパルスが耳を奪う“Only The Lonely”や、映画「燃ゆる女の肖像」に触発された、静かな憤怒が白熱していく“Portrait Of A Lady On Fire”など、全10曲を通じて描かれるのは、闇と光が激しく明滅するドラマチックな変容の風景だ。彼女が本作のヴィジュアルにおいて、画家カラヴァッジョの劇的な明暗法――闇から浮かび上がる肉体と、傷跡に宿る神性に影響を受けたと語るのも頷ける。
そして本作『So Help Me God』は、現代のUSインディー/エクスペリメンタル・シーンにおける彼女の特異な立ち位置を改めて伝えるものでもあるだろう。ここから聴き取れるのは、アーサー・ラッセルらが切り拓いたチェロとポップ・ミュージックの前衛的な融合の系譜を継承しつつ、それを現代的なポスト・パンクや電子音楽へとアップデートさせていく類稀なる独創性。サンファやジェイミーxx、イヴ・トゥモアといった同時代の表現者たちと共振する先鋭性を糧にしながら、ルーは自身の実験的な表現をより開かれた世界へと解き放っている。
ケルシー・ルー
米ノースカロライナ州出身のチェリスト/シンガー・ソングライター/プロデューサー。幼少期からクラシックを学んだのち、NYに移住。2016年のファーストEP『Church』を経て、ケレラやブラッド・オレンジらの作品への参加で認知度を広めていき、2019年のファースト・アルバム『Blood』が高い評価を受ける。映像作品やアート・プロジェクトへの音楽提供なども精力的に行いつつ、このたびセカンド・アルバム『So Help Me God』(Dirty Hit)をリリースしたばかり。
