何にも恐れず、何にも屈せず、自分が自分らしくあるために――流浪のインディー王子がとびきりメロウなサウンドに乗せて2016年に出した答えとは!?
〈黒人性〉の強調
ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズが作る音楽に〈R&B〉というタームが用いられるようになったのは、ソランジュのEP『True』(2012年)を手掛けたあたりからだろうか。アリエル・レヒトシェイドが制作したファースト・アルバム『Coastal Grooves』(2011年)は、テスト・アイシクルズやライトスピード・チャンピオンでの活動をベースにしたような音作りで、いわゆるR&Bの要素は皆無だった。が、続く『Cupid Deluxe』(2013年)では、各種プロデュース作品で匂わせはじめたディスコ/ファンクの要素を前面に押し出し、R&B(あくまでオルタナティヴという言葉と同義の〈インディー〉という冠が付くR&B)に傾いていく。
N.E.R.D.~ネプチューンズに通じる越境感覚や、カーリー・レイ・ジェプセンを手掛けるポップネスも含めて、デヴには〈アンダーグラウンド版のファレル〉といったイメージがある。〈ブラック・ヒッピー〉とでも呼びたい節操のなさ、いや柔軟なセンスは、85年生まれで、米ヒューストン出身ながら英ロンドンで音楽基盤を築き、その後NYに拠点を移すという放浪的なキャリアも影響しているのかもしれない。フランク・オーシャンよろしく性的マイノリティーに温かな目線を向けながら、近年はティナーシェやFKAツイッグスらを手掛けてアンビエントR&Bの潮流ともリンクし、音楽的にも〈黒人性〉を強調してきたデヴ。ドミノから3年ぶりに放ったニュー・アルバム『Freetown Sound』では、ますますその度合いを強めている。
タイトルにある〈Freetown〉とはシエラレオネ共和国の首都で、デヴの父親の出生地。イギリスの解放奴隷を中心とした黒人たちによって建設された都市であり、「僕の人生について歌った」という本作にて、デヴは母親の母国であるガイアナ共和国も含め、両親の故郷に自身のルーツを見い出し、クリスチャニティーに触れながら人種や性差別にも対峙していく。直線的なビートにモノローグ的な歌を乗せた先行曲“Augustine”のミュージック・ビデオからもそのことは窺えるが、曲間や曲中に政治的な映画やドキュメンタリーなどからのスピーチや音声も挿んで進行していくアルバムは実にコンシャス。デヴのツアーで共演していたギタリスト/シンガーのブラインドン・クックが歌う“Hands Up”も、2012年のトレイヴォン・マーティン射殺事件に触れた曲で、2015年にも似たようなテーマの曲を発表していたデヴは、いわゆる〈Black Lives Matter〉ムーヴメントにも触発されたようだ。
一方で、アルバムに漂う内省感は、2013年12月にNYの自宅が火事に遭い、前作のタイトルにもなった愛犬キューピッドともどもすべてを失ったこととも無関係ではなさそう。そんな彼を鼓舞するかのように、今作には多数のゲストが駆けつけている。特にヴォーカル陣は、先のブラインドンをはじめ、イアン・アイザイア、アヴァ・ライインらのNY勢に加え、アムステルダムのビー1991など実に多彩な顔ぶれだ。
もう〈インディー〉という冠は必要ない
ビースティ・ボーイズの『Paul's Boutique』(89年)の自己流解釈だと謳うこのアルバムでは、弾き直しを含めた楽曲引用などでパッチワークのように音を紡いでいく。チャールズ・ミンガスを引用した序曲“By Ourselves”や、ズーリー・マーリーを迎えた“Love Ya”(エディ・グラントの“Come On Let Me Love You”のリメイク的な曲)などでは、続投となるジェイソン・アルセのサックスが響き、ジャズなムードも高める。が、幾多のサンプリング音源が示すように、今回はディスコ、ニューウェイヴ、オールド・スクール・ヒップホップ感の打ち出しが過去最高に明快。エンプレス・オブことローレリー・ロドリゲスがメインで歌う“Best To You”は、リアル・シング“Can You Feel The Force”を引用したパーカッシヴなトラックで軽やかに疾走。レヴェル42に参加した鍵盤奏者のウォーリー・バダルーによる80sシンセ・ファンク“Chief Inspector”を引用した“E.V.P.”に、ブロンディのデボラ・ハリー(!)を迎えたあたりからも狙いはあきらかだが、マントロニクス“Needle To The Groove”のビートにマルコム・マクラーレン“World's Famous”のフレーズを交えてアンビエントなムードで包み込んだ“Squash Squash”も含め、これらはデイム・ファンク的なブギーとも相通じるものだ。
チェアリフトのパトリック・ウィンバリーが共同プロデュースしたローファイなメロウ・ディスコ“Desiree”、クラフトワークっぽいトランシーな音にカーリー・レイ・ジェプセンがウィスパリング・ヴォイスを交える“Better Than Me”、ブラインドンがマイケル・ジャクソンに似たセンシティヴな声で歌う“But You”でのドーニクのような浮遊感は、ドーニクの後見人であるジェシー・ウェアをデヴが手掛けたことも思い起こさせる。新進女性シンガー/チェロ奏者のケルシー・ルーが声を交えたメロウなスロウ“Chance”も然り。そして、ネリー・ファータドがソングライティングと歌で参加したティナーシェ風の“Hadron Collider”、ロドニー・フランクリン“Song For You”のメロディーを引用したカインドネスの共同プロデュースによるジャジー・ソウル“Thank You”など、ジェシー・ボイキンス3世やインターネット、DVSNにも通じる音世界を繰り広げた今作は、無駄に〈R&B〉というレッテルが貼られた前作とは違って本当にソウル濃度が高い。いまや〈インディー〉という冠を必要としない最前線のR&Bなのだ。