今からちょうど40年前の1986年7月、〈元祖トレンディードラマ〉と評される名作「男女7人夏物語」の放送がスタートした。明石家さんまと大竹しのぶの共演で描かれた、都会で暮らす若者たちの恋愛群像劇は当時一大ブームを巻き起こした。その劇中に数多くの楽曲が使用され、ファッショナブルな世界観を演出したのがシャカタクだ。〈あの頃〉のきらめく情景を喚起させるそのスタイリッシュなサウンドは、ここ日本で今もひときわ熱い支持を集めている。そんなシャカタクの音楽の魅力と日本との深い結びつきを、ライターの久保田泰平に紐解いてもらった。 *Mikiki編集部
田中康夫「なんとなく、クリスタル」がベストセラーとなった時代
TPOに合わせて……はて、TPOとは何ぞやと、若い人たちには通じない言葉かも知れない、もはや。Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)の頭文字を取ってTPO。〈アイビールックの生みの親〉と言われるファッションデザイナーであり、メンズアパレルブランド〈VAN〉の創業者である石津謙介が60年代に提唱した言葉である。
リスナーがTPOに合わせて音楽、言うなればBGMをセレクトするという楽しみ方をこぞってするようになったのは、80年代に入った頃からじゃないだろうか。うん、たぶんそう。たとえば、クルマのなかで聴く音楽は、それが昼間なのか夜なのか、街中なのか海沿いなのか、ひとりで運転しているのか隣に女の子が乗っているのかで、文字通り〈TPOに合わせて〉セレクトする。実際に出かけたりしなくても、こういう気分、ああいう気分になりたいと思えば、セレクトする。そういった楽しみ方ができるようになった背景には好景気に沸く経済情勢があり、なかでも生活に自由の利く若い世代が趣味や遊びにお金を費やす余裕ができたことがまずあって、カーオーディオやウォーキングステレオの普及、そしてダビング文化の発展があった。
そういったカジュアルな音楽の楽しみ方をする都市生活者(もしくはそれに憧れる人たち)が好む最先端かつファッショナブルな(そうとも感じられるような)音楽というものがなんとなく明確化されていくのだが、それは主にAORやフュージョン、クロスオーバーといったジャンルに代表される軽やかなグルーヴとメロウさを持つ音楽で、そういったものがリスナーの日常をスタイリッシュに引き立ててくれたわけだ。
ファッションモデルのアルバイトをしながら大学に通い、ブランド品に身を包んで都会を闊歩する女子大生の自由な日常や恋愛模様を描いた田中康夫の小説「なんとなく、クリスタル」が発表されたのは1980年。ベストセラーとなって翌年には映画化もされ、そのサウンドトラックにはポール・デイヴィスやTOTO、ボズ・スキャッグスらの楽曲が収められていた。
当時、スタイリッシュと呼ばれるような洋楽は主にFMラジオから情報発信されていたが、「なんとなく、クリスタル」のサントラは、その典型を収めたオムニバス盤と言っていい。ファッションにしても音楽にしても、「なんとなく、クリスタル」のなかで取り上げられたようなスタイリッシュなものを〈クリスタル〉という質感をもった言葉で形容し、それらを身につけ、楽しんでいる人たちのことを〈クリスタル族〉と呼び、それは流行語にもなった。田中康夫といえば、1984年に上梓した「たまらなく、アーベイン」もスタイリッシュなライフスタイルを飾るディスクガイドとして重宝された。