(左から)アリ・ホーン、藤本国彦、柴山一幸

柴山一幸とアリ・ホーンによるAny Joy?。2001年に鈴木博文(ムーンライダーズ)のプロデュースでデビュー、これまでにソロアルバム6作をリリースしてきたシンガーソングライターの柴山が、英リバプール在住のシンガーソングライターのアリと結成した新ユニットだ。そんな彼らがデビューアルバム『Sweet Nothings』をリリースし、5都市で7公演をおこなう来日ツアーも開催している。今回はこれにあわせ、柴山&アリとビートルズ研究家・藤本国彦の対談を実施。リバプールから参加したアリとビデオ通話を繋ぎ、編集者/ライターの荒野政寿を聞き手にビートルズについて、Any Joy?というバンドやアルバムについてじっくりと語ってもらった。 *Mikiki編集部

Any Joy? 『Sweet Nothings』 TAKUSAN(2026)

 

Any Joy?のふたりが出会ったクラブ、ジャカランダとは?

――まず柴山さんに、今回の対談相手に藤本国彦さんをご指名された理由から伺わせてください。

柴山一幸「もともと僕はビートルズが大好きで、3年前にリバプールに行って、2〜3ヶ月ほどリバプールの街角でバスキングをやったり、オープンマイク(客が歌や演奏などに飛び入り参加できるイベント)に参加したりしてたんです。そんななかで、アリとジャカランダというクラブで出会って意気投合しました。ジャカランダにはデビュー前のビートルズが出演していましたし、ビートルズがきっかけでリバプールへ行って、そこでアリと音楽を作り始めたっていうことを考えたときに……やっぱり日本で一番のビートルズ・マフィアと言えば藤本さん(笑)、というわけで今日はお声がけさせて頂きました」

――なるほど。そのジャカランダについて、わかりやすく説明すると、ビートルズにとってどんな場所ということになるんでしょうか?

藤本国彦「ビートルズをデビューさせて世界的なアイドルグループにしたのは有名なマネージャーのブライアン・エプスタインですが、その前にアラン・ウィリアムズというマネージャーがいました。彼はリバプールにコーヒーバーをいくつか持っていて、そのうちのひとつがジャカランダでした。ビートルズがハンブルクへ武者修行に行く1960年8月、まさにその店の前からバンに乗って向かった歴史的な場所でもあって、アラン・ウィリアムズなくしてビートルズの下積み時代はあり得ないんです。ビートルズのハンブルク行きは、ブルーノ・コシュミダーという、一儲けしたいドイツのプロモーターと、アラン・ウィリアムズが手を組んで実現しました。

ジャカランダはビートルズにとっても想い出深い場所で、地下には、ジョンの美術学校の同級生で初期ビートルズのメンバーでもあったスチュアート・サトクリフが描いた壁画があります」

柴山「はい、今でも残ってますよ。地元の人は誰も興味を示さないですけど(笑)」

藤本「リバプールの人が、わざわざあれを目当てにジャカランダへ行かないですよね。これは、僕がこの前、6月に行ったときの写真です(スマホを見せる)。僕は2017年から毎年、コロナの時期以外はリバプールとロンドンに行っていて、今年で7回目です。ハンブルクにも3回行きました」

アリ・ホーン「すごい! ジャカランダは気に入りましたか? 」

藤本「ええ。日本からツアーで、毎回40人くらい連れて行ってます。ビートルズ・ヤクザ・ツアーです(笑)」

――Any Joy?のおふたりは、そのジャカランダで出会われたわけですけど。今のジャカランダは、地元ではどんな場所になっているんですか?

柴山「同じリバプールのキャバーン・クラブは、観光客を目当てにして会社として大きくなって、いろんなツアーをやっていたり、ビートルズのコピーバンドが出ていたりするんですけど。ジャカランダはそこまでではなくて、リバプールで活動している若いミュージシャンを応援しているのでレーベルがあり、上の階にはレコードショップがあり、下の階がお酒が飲めるコーヒーショップ、そして地下がライブハウスみたいになってる。ビル全体が音楽に関係している、そういうところになっています」

アリ「キャバーンがミュージアムみたいになっているのに対して、ジャカランダは今リバプールで活動しているミュージシャンたちの活動を助けて、音楽の未来を見据えている感じがしますね」

柴山「君がリバプールに来た頃、ジャカランダはライブハウスとして営業していた? それともただのパブだった?」

アリ「そうだね、20年前は……地下に演奏する場所はなかった。何もなかったよ、その頃は。ステージもなくて、ただのパブだった。新しいオーナーが来てから、彼の後押しで店を修復したんだ。それが15年ほど前だったと思う」