Mikikiで連載中の〈ポップの羅針盤〉。ポップミュージックがはらむ〈予感〉について、社会の〈羅針盤〉になり得る可能性について、音楽評論家/ジャーナリストの柴那典さんがその時代性を読み解く連載です。今回のテーマはエラ・ラングレー。 *Mikiki編集部
ヒットチャートに、空前の記録が生まれている。でも、そのわりに静かだ。
明らかに巨大な現象が起こっている。なのに、なんだかあまり騒がれてない気がするのはなぜだろう? エラ・ラングレーの“Choosin’ Texas”は、間違いなく2026年全米最大のヒットソング。9月26日付の全米シングルチャート・Billboard Hot 100では、通算23週目となる1位を獲得した。マライア・キャリーの“恋人たちのクリスマス”を上回る、同チャート史上最長の1位記録だ。でも、彼女のことを〈知らない〉という人もまだまだ多い。
エラ・ラングレーはアメリカ南部・アラバマ州出身のシンガーソングライター。2024年にデビューアルバム『hungover』をリリースしたカントリー・ミュージック界の新鋭だ。2025年10月にリリースされた“Choosin’ Texas”は、失恋をモチーフにしたミディアムテンポのバラード。恋人の心がテキサス出身の別の女性に向かっていることを悟った切なさやほろ苦さを、爽快感あるサウンドと軽やかなメロディで歌う。とてもウェルメイドで普遍性あるポップソングだ。
なぜこの曲がヒットしたのかということも、たくさん分析されている。TikTokが火付け役になったということ。カントリー界を牽引するミランダ・ランバートとの共作で、その実力にお墨付きがあったということ。ラジオとソーシャルメディアとストリーミングが噛み合って露出が広がったこと。そしてもちろん曲の持つ力。
でも、もっともらしい分析を並べてみても、何か大切なことに届かないような気もする。
なぜなら〈なぜ売れたか〉と〈これほど売れたのに、なぜ大きな話題にならないか〉というのは、別の問いだから。〈日本ではまだ無名〉というならまだわかる。本国アメリカですら〈これほど巨大なヒットなのに、彼女を知らないと言う人がいるのはなぜなのか?〉という記事が、CNNやローリング・ストーン誌などに載っている。
戸惑っている人が沢山いるのを感じる。いくつかの記事ではアルゴリズムがその理由のひとつに挙げられている。情報が過剰になり、それぞれが別のタイムラインを見るようになって、世界が細分化したから。もちろん、それもそうだと思う。でもなんだか腑に落ちない。
僕自身は、ここ数年、USのフォーク・ポップやモダン・カントリーを聴くことがずいぶん増えた。Spotifyの〈Fresh Folk〉や、Apple Musicの〈Today’s Country〉といったプレイリストから新しいアーティストを知る機会も増えた。“Choosin’ Texas”が収録されたエラ・ラングレーのセカンドアルバム『Dandelion』も、車を運転しながら何度も聴いた。そうしているうちに気付いたことがある。
ひとつは、カントリーの本拠地・ナッシュビルがLAやNYに並ぶアメリカの音楽産業の中心地のひとつである、ということ。レコード会社も音楽出版社もメディアも集積している。その存在感も増している。かつてはテイラー・スウィフトの『1989』のように〈カントリーから軸足を移すこと〉と〈ポップスへと歩みを進めること〉が同じイメージとして語られていた時代もあった。しかし今は、モーガン・ウォーレンのように、ナッシュビルを拠点にしたまま、全米のヒットチャートを席巻するスターが生まれている。
そして、2026年はモダン・カントリーの躍進が続いている。ミーガン・モロニーのサード・アルバム『Cloud 9』は全米1位を獲得。シカゴ郊外出身のステラ・レフティは全米シングルチャート2位に駆け上がった“Boston”でブレイクを果たした。
フォーク・ポップやアメリカーナの隆盛もある。中でもノア・カーンは最重要アーティストの一人だろう。4月にリリースされた最新アルバム『The Great Divide』は全米1位。ツアーは各地でスタジアムに数万人の観客を集め、ボストンのフェンウェイ・パークでは4公演をソールドアウトさせ15万人以上を動員した。
エラ・ラングレーの“Choosin’ Texas”のヒットは決して突発的な現象ではない。その背景には豊かなモダン・カントリーやフォーク・ポップの土壌がある。
静かに見えたのは、根を張っているから。それを可能にするだけの音楽文化の厚みがあるから。アルゴリズムだけでは説明しきれないこの現象の実質は、そこにあるのかもしれない。そうだとするならば、それはとても意味のあることだと思う。

PROFILE: 柴 那典
1976年、神奈川県生まれ。音楽評論家/ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に「平成のヒット曲」(新潮新書)、「ヒットの崩壊」(講談社現代新書)、「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」(太田出版)、共著に「ボカロソングガイド名曲100選」(星海社新書)、「渋谷音楽図鑑」(太田出版)がある。ブログ〈日々の音色とことば〉。
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